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「三位一体」の本質

91パンプキン:2004/03/09(火) 23:57
>chiaraさま

>同居というよりは、そのものなのですね。

この部分を聞いてちょっと安心しました。というか、基本的に同じなのだけど、
「同居」という表現を使うところが、もしかして違いなのかな?とか思ったもので。

人間のイメージを超えるものを説明するとき、人は「喩え」を用いますよね。
「三位一体」にも「神的三一性」にも、さまざまな喩えがあてはめられていると思います。
それはあくまでわかりやすくするためであって、喩えは喩えにすぎないのでしょうが。

それで、「神的三一性」の喩えでは、例えばサンダー・シングは「父なる神=根源なる
太陽、イエスさま=光(人間の目に把握できるもの、照らすもの)、聖霊=熱(生き物を
生かすもの)」というような喩えをひきます。また、スウェーデンボルグは、「父なる
神=霊魂、イエスさま=肉体、聖霊=働き」と喩えています。うちの教会でよく説明
してもらったのは、「父なる神=電気エネルギー、イエスさま=電球(目に見えない
エネルギーを、形に表すもの)、聖霊=光(作用、働き)」という喩えです。
どれも、太陽であり、人間であり、電燈であり、それらは別々のものではなく、ひとつ
のものです。
そういうのが神的三一性として、教えられました。

で、「三位一体」なんですが、三位一体の教会でそういう教義を教わったことがまだ
なく、「神的三一性から見た三位一体」しか知らないのです。ネットで見つけた「喩え」
は以前紹介されていたN教会のもので、「牧師さんは3つの顔を持っている。父、牧師、
夫」というものでした。しかしこれは、人格がひとつですから、この通り解釈すると、
これは三位一体ではないですよね。
chiaraさまは何かわかりやすい喩えをご存知でしょうか。
(ネットで「三位一体」を調べると
>三位一体論とは、「父、子、聖霊は、それぞれ別の人格であり、互いに会話し、
働きかけあうことができる」とするものです。
という説明があるのです)

私がこれまで接してきた「神的三一性から見た三位一体」というのは、かなり漫画チック
なもので、父なる神さまの右側に椅子があって、そこにイエスさまが座って、人々を
とりなしているというものなんです。そしてそこに聖霊さまがいて、命じられると、
出て行って、行動してくるというものでした。

chiaraさまが避けようとしておられる「細かいこと」に入ってしまって恐縮なんです
が(^^;、批判するためではなく、三位一体論から見た三位一体を知りたいということで、
もしよろしければ。


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