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「三位一体」の本質
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名無しのひつじさん
:2004/03/07(日) 11:34
>>どこが優れているとか、比較して語るとか、それで互いになにかをカテゴライズして批判する。
>>そういう光景は心が痛みます。
わたしは、心が、痛まないし、むしろ人間は、比較を通して、より深い自己認識に至るというのが、歴史的事実で、それは、個人的心がけに還元できる程、単純な話ではないですよ。
例えば、今日の西洋人が、西洋中心主義から脱却したのは、非西洋社会との具体的な接触の後でした。
西洋人が、世界の歴史が、6000年以上だとわかったのは、中国やインドやエジプトとの接触の後です。
イエズス会の中国伝道における儒教儀礼を尊重した態度は、200年以上たって、キリスト教以外の宗教の中に真理の種を見るという第2バチカン公会議の態度のさきがけとなった。
カトリックの典礼刷新運動は、比較宗教学から未開社会における宗教儀式が、深い意味を持っていることを 発見したことによってミサの意味を再発見したことにも端緒がある。19世紀の比較宗教学は、神の摂理であるとまでいっている。
キリスト教の伝統の研究者のペリカンにしても、伝統の意義を未開社会における伝統の意味を明らかにした人類学者から多くを学んだと語っている。
エキュメニカル運動を通じて、多くのプロテスタント諸派は、キリスト教の伝統を再発見し、古代信条の大切さを再認識し無意識で根拠なき反カトリック的傾向を反省した。
第2バチカン公会議に出席したペンテコステ派リーダーは、聖霊は、20世紀になってアメリカに戻ってくるまで、教会史から欠席したいたわけでなく、いやしなどの奇跡は、教会史を通して存在し続けていたことを発見した。
ギリシャ正教の神学者たちが、正教の特徴をはっきり認識したのは、カトリック神学プロテスタント神学を十分学んだ後だった。例えばロスキーは、ジルソンの弟子。正教自身が、それまでの時代をWestern Capitivityの時代としている。
ひつじのページの自己紹介のフランシスヒデさんの文章は、「心が痛む光景」のいい例。
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