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「三位一体」の本質

22chiara:2004/02/26(木) 12:26
パンプキン様>
久しぶりです。
三位一体は簡単に言葉に出来るモノでなく、だからこそ神秘だとは思います。
初期教父達が、またその後の神学者達が三位一体を証しする為に書きつづってきたその
姿も含め、どれが正しいとかどれが間違ってるとかそういうものを超えた、そのそれぞれの
真摯な探求の姿と証された結果の存在が美しいとも思うのです。
その推移に関しては、前に挙げたロースキィの書がお勧めです。

>神学というものは、みなたまたま自分が所属した教派から知識を
得て、それが正しいと思うため

そうですねぇ。私は疑り深い性格なので、まず疑ってかかります。
だから、否定と肯定の狭間を行ったり来たりしますが、
で、それでも否定出来ない何事かがあるというので、今の教派に落ち着いたわけですが、
それは「正しい」と完全には思っていない姿勢に納得したからなんですね。
カトリックの場合、教会は完成途上にあると認識している(常にミサで神に
「愛の完成に導いてください」と祈る)ので。
だから突っ込みどころ満載なわけですが、内部でそれぞれ色んな立場の人がいて、
組んず解れつやってる光景が面白いと思います。
みな、神にちかずこうと祈り続ける姿に、つまり「正しい」とは完全に言い切らない姿に
実は一番大切なものがあるんだと思うのです。
だから、逆に神学命題を護教的にしなきゃならないような論争は
もうどーでもいいやという気分です。


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