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まことの礼拝とは
16
:
chiara
:2004/03/09(火) 19:49
シジミ蝶様
こっちでは久しぶりですね(^^;
実際、世の中には失望することが多いですね。それゆえ教会という聖なる場に逃げ場を求める
のは無理もないわけですが、現実にはそこもまた人が作り出す社会です。
しかし、神は本来人をよきものとしてお作りになられ、しかも神の似姿として作られたのですから、
本性的に人間には神が投影されているわけです。
みじかな人々の、それこそ醜い姿の中にも、神の似姿を探そうとすればあるはずなのです。
しかし、逆に理想化しすぎるとそうではないと気付いた時のショックも大きいですから、
絶えず、自己の肯定するものすら、突き放してみる視点は重要にはなるでしょうね。
それは例えば0990さんが指摘する「私的解釈」への態度にも通じるものがあるとは思います。
不動なのは聖書の言葉であって、「解釈」には幾通りもあります。
その解釈には聖霊の導きがあって、はじめて真理へと導かれるわけですから、
絶えず、解釈における聖霊の働きに耳をすましていなさいということになるのでしょう。
この聖霊の働きにおいて例えばカトリックや正教会では「聖伝」が存在することとなるわけです。
またカリスマ派の方々もそうした聖霊の働きに絶えず敏感に応答しているわけでしょう。
ここにおいて「見極める視点」が自己に問われてきますね。
聖なるものを地上から拾う視点を養うことが、永遠の求道の課題になるんだと思います。
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