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なぜ、カインの捧げものを認められなかったのか?
7
:
フラソワーズ・ヒデ
:2004/02/05(木) 15:48
ダイボンさま、
では、「冷たい応答」と思われないため、創世記4章冒頭の主な釈義例を、
ごく短く記しておきますね。
1)考古学その他でよく見られる説
これは、牧畜集団と農業集団の対立がこのエピソードの背後にあり、この
エピソード自体は牧畜集団側のものだったので、農業集団の「捧げもの」が
拒否されたことになっている、というものです。
この釈義はいかにも「霊性に欠ける」と言われてしまいそうです。ですが、
どうも信仰者という者はとかく「霊性」面ばかりに目を向け、社会状況や
文明の構造などの問題を無視してしまう嫌いがあります。信仰者としても、
「霊的な意味」を尊重しながらも、同時にこうした「冷たい視点」は
維持しておくべきでしょう。
2)先のヘブライ書にあるような釈義
これはやはり、あまりにも一方的な釈義だと言わざるを得ません。個々人が
私的にこうした釈義を持つ/持たないはご自由ですが、公の掲示板でこの
種の釈義を主張するのなら、「ではユダヤ教徒が成立させ選定した書物を、
キリスト教徒がキリスト教的な”信仰”の視点で釈義して、どこまで妥当
なのか?」というやっかいな問題に直ちに直面することになります。
3)ヘブライ語の人名の意味に着目
ヘブライ語のQayin(カイン)という名前には、「得る、設ける、作る」という
意味があり、これは4:1後半からも明らかでしょう。(ついでながら、ヘブ
ライ正典には、この種の「シャレ」が多数あります。)
ここまでは、特に問題ないですね。一方のHebel(アベル)は「虚しい・空虚・
すぐに消える」といった意味の形容詞とまったく同じスペルです。
これに着目して釈義を進めるなら、「YHWHは強いものではなく、弱いもの・
無力なものの捧げものに目を止められた」という釈義も可能ですね。
(なお、この箇所はいわゆるJ資料のようで、”神”の名はYHWHになっています)
この3)の釈義が、皆様のお気に召すのでは?
もしそうなら、まずは我々キリスト教徒自身が、西欧社会の多数派になった
ときに少数派のユダヤ教徒に対して何をやらかしてきたのか、その反省材料と
しても読みたいですね。
では、詳しいことはぜひユダヤ教のラビなどにお尋ねくださいね。
それと、これはダイボン様に限らずどなた様からであっても、今後は、
ヘブライ正典の釈義に関するお問い合わせを私宛にいただいても、↑の6
の返答を繰り返すかもしれません。決して悪意からそうするのではありません
ので、主旨をよくご理解いただければと願っております。
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