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なぜ、カインの捧げものを認められなかったのか?

4へっぽこ@同感:2004/02/05(木) 15:45
>神は完全なる主権者ですから,理性とか,「自然法」とか「公平原理」に縛ら
>れることは,論理上ありえない
という考え方もまた、理屈はわかるのですが、自然法や公平原理に縛られない
ことを我々人間に本にしてまで伝える理由はなんだろうかと、私は考えてしま
うのであります(^^;;
極言すると、「愛のない信仰を、神は認めたまわない」というということだと
いう解説が、上の本には書かれていました。ひとつの解釈として、ご参考までに。
パンプキンさま
へっぽこも同感です。へっぽこはもっと極端な解説をきいたことがあります。
「カインのささげものは、穀物だったからダメで、アベルのささげものは
”羊”だったから”義”とされた..(”羊”は”キリスト”の象徴だから)」
(ある「韓国系一致運動の教会)
んなあほな!
だったら、カインはアベルから羊を譲り受けて ささげものにしなければならなかったの?
へっぽこはむしろ、カインに「自分のささげものは優れている。弟のものより
神に喜ばれる。」というおごりたかぶりのこころがあったから、それを神に
見抜かれたと思うのですけれども。そして、受け入れられなかった後も、
まだ自分が正しいと思っているから、納得できない。神様には逆らえないから、
弟に嫉妬して、殺した。カインは「裁こう」として「裁かれた」のかも...
何か、「信仰」を自分達だけ解るもののように囲い込んでいるクリスチャンが、
カインの過ちを繰り返しそうに思えるへっぽこです。(もちろん自分も含めて)


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