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今日一日の「ちいさい幸せ♪」を書くスレ
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そういえば、ここ数年、フランクは本屋に行かなくなった。ほぼほぼ、ネットで検索して、注文してる。
街の本屋によく行ってた頃は、わくわくして、色々と立ち読みして、予期しない本を買ったりしていた。
今は、検索して意外な本を発見することはあるけれど、一年に買う冊数自体は減っているかも。
ところで、図書館で本を借りることは、これまでほとんどなかったかも。図書館の空間自体は心地良いけれど。
好きな本は、買う前にほぼ予想がついていて、読むと、手放したくなくなるからかもしれない。
それと、以前は古本屋さんを物色したこともあったけれど、いまはネットで古本も買えるし、そう思うと、
新品が買えるならば、わざわざ古本も買わない。買えないような高い本には、もとより食指が伸びないし。
最近は電子書籍を購入することもあるけれど、欲しい本が少ないし、端末を開かないと読めないなんて、不自由すぎる。
昨日、このスレに読んだ本のことを書いていて、色々と思い出した。
昨日は書きそびれたけれど、中学の時、筒井康隆とか、星新一とか、その他SFぽいものは大好きだった。
当時は(今もそうかもだけど)、映画の全国公開に合わせて、原作本を売ることが多かったから、
大抵、映画を見るとがっかりするのだけれど、本を買う機会にもなっていた。
小学生の頃、映画の宣伝につられて、横溝正史とか読んでいる友達がいて、でも、怖いのは嫌だったので、
その横に平積みしてある、森村誠一とか、大藪春彦とかを、買って読んでいた。(本心は「あまんきみこ」や
宮沢賢治」が、大好きだった。)当時は色々と伝記も読んでいて、かなり詳しかったかもしれない。
外国文学は、家に子供向けの百科事典セットみたいな大全集があったけれど、ほとんど読む気が起らなかった。
こんな風に思い返すと、意外と、色々な本を読んできたと思う。自分で思う以上に、フィクションも大好物だ。
読むこと自体が好きなのではなくて、興味あることについての欲求が、むしろ嫌いな読書を、幸せなひと時に変えていたのかもしれない。
さて、身の回りの出来事は、映像とともに詳細に記憶していて、どんどんと思い出せるのだけれど、
読んだ本の内容は、すっかりと忘れてしまう。ほとんどの小説はあらすじすらも思い出せない。
目が覚めると、見た夢を忘れてしまうように、小説も、現実世界の記憶を整理してくれていたのかしらん?
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