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大東亜戦争
33
:
名無しの阪大生
:2006/07/18(火) 23:40:25
ここで日本人として最高の礼を尽したかったからです
靖国神社は、神道ですが、ちょっと違うところがあります。
神道の信仰の中で、國や公共の為に、著しい貢献をした方で、その為に、命を捧げた方を神として祀り、この神様が、子孫の幸福を暖かく見守ってくれているとの信仰が神道にあります。
靖国神社は240万余柱のこのような神々を祀る神社なのです。
台湾出身真の方で先の大戦で亡くなられた志願兵、28,000余柱も靖国神社に祀られています。この方達は日本の守り神となったと日本では信じられているからです。
そんなわけで、凶惨恐怖支那政権や、シナ人の馬英九、そしてシナ系の台湾のマスコミが言っていることは根拠の無い言い掛かりです。
これに対して、靖国神社は一切の反論をしません。
反撃するのは日本人で靖国神社ではありません。神道とは人と争わない宗教です。神社はひたすら祀るだけです。
他の神社にも行かれることを薦めます。清浄感と静寂さ、そして森と水を大切にする日本人の心を感じ取る事が出来ると思います。
多分、大東亜戦争末期に龍潭から多くの若者が、沖縄の空を目指して特攻に飛び立って往かれたことをご存知の方であったと想像しています。
龍潭は近くの、八塊、観音両基地と共に沖縄に向けての前進基地として、1945年四月から六月まで陸軍特攻隊が連日のように出撃しておりました。
龍潭は一式戦闘機“隼”を使う飛行二十戦隊の出撃基地であったと記憶しております。八塊、龍潭から飛び立った台湾の若者達、そして彼等が出撃までの数日をすごした、大渓と言う町の佇まいは六十余年を経た今でも忘れることが出来ません。
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