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雑談コ−ナ−

170サルトル:2004/08/20(金) 09:25
so−A さん。

マーフィーの黄金律 のお話ありがとうございます。

>そういった危険性はあるにしても現在不惑を間近にして読んでみても、
>なるほどその通りだなと思うことが多いですね。理論だから筋は通って
>いるけれど、かなり宗教色が強く奥が深いですね。こういったものに人
>生「経験」の浅いものが変にかぶれると自己抑圧的になるのではないで
>しょうか。「生活」と「人生」は別であるように「理論」と「実践」も
>別に捉えるべきことがわからなければ手を出すべきでないと思います。

確かに同じ危惧を感じた事を覚えています。
私もたぶん もっと若い頃に傾倒していたら、またちがった解釈をしたと感じています。

日蓮仏法において 納得した部分は、「衆生所有楽」という思想でした。
希望を与え、生命力が湧き出てくるような・・・そんな思想だと思います。
宇宙の生命が海ならば、人はその波頭のようなもの。元々繋がっているのだ・という教えもありました。
当時 私は、他人の苦しみや悲しみは自分のことと無関係ではないんだ・というスタンスにいました。
それは 創価学会にいて学び実践した気がします。
多くの人を励ましました。私の頭の中にあるのは 「衆生所有楽」という思想だけだったかもしれない。
でも、それを学会活動などと思ったことは無かった。
新聞啓蒙につなげることも、会合に誘うことも そのことの延長上には無かった。

いつしか、役職を持ち責任を任される(おかしなことだよね)と
数で広布への忠誠心を計ることとなる。
それから 人の痛みを自分の痛みとして 励ます・・という純粋な思いが色を失った気がしています。

その頃から、再びマーフィー哲学へ 逃げたのかも知れません。


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