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聖書と御書
47
:
非活動1年生
:2004/02/10(火) 18:18
ラビット様
お久しぶりです。
>仏教国、神道国の日本
でキリスト教を浸透させるのは簡単じゃありませんね。
私は日本は仏教国ではない様な気がします。確かにほとんどの日本人がお寺の
檀家になっているとは思いますが、日本人の心の中に仏教精神を見つけるのは
難しい、と時々思います。それは恐らく日本の仏教が中国、朝鮮を経由して伝来
し、主に中国において儒教思想の影響を受けてかなり変化して伝わったからかも知れません。
仏教に関わらず文化の伝播には「翻訳」という作業が伴います。例えば、
仏教のお経はサンスクリット語で書かれていたのを中国で漢字に翻訳していますが
その際、インドでの言葉の概念と中国でのそれは同じとは言えず、しかもかなりの
誤訳もあったようです。(この件に関しては又、後日ね)
翻訳という意味では聖書も同じで、ヨハネによる福音書の冒頭
「初めに言(ことば)があった」の「言」は元々ギリシャ語の「ロゴス」の翻訳で
「言」という他にも意志、思想、力、真理という意味を持ち、翻訳には
苦心した、ということをお聞きしました。日本語にすると、「ことば」とその他の
意志、思想、力、真理はかなり開きがある概念です。
でもこう言ってしまうと、私たちはあらゆる文化をその発祥の言語で読まなければ
ならないことになり、それはどう考えても不可能です。
仏教もキリスト教もつきつめると「外国文化」で、そのエッセンスをいかに
日本人として理解しうるのかはなかなかに難しい問題ですね。
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