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福音

132なんだかだが・・・:2004/09/20(月) 17:15
さて生理学的効果であると適切に指摘した呪文興による幸福感の読解についてである
が、これも上記したキリスト教への読解と同様であった。

多くのにゃ散れん信者はあくまでもその呪文の効果が「法力」であると信じている。

しかしそれは本当だろうか?

つまりそれは「真実」あるいは「真理」だったのだろうか?

にゃ散れんはあくまでもそうだとしたが、すでに別項にも書いたとおり、それは
こじつけであり、あくまでも天台のチギによる勝手な解釈に基づいた議論であった。
インドの釈迦は決して法華経を説いたわけではなく、「大乗非仏説」が正しい史実
であった。

したがって法華経の内容な基本的に後代の大乗運動の著者ら、そして漢文への翻訳者
らの自由な創作に基づくあらゆる後付けの思弁の産物であったことはもはやほとんど
間違いのない真実であろう。

そうした文脈の中で、法華経のタイトルへの信仰、呪文の効果という意味でのそれへの
崇拝信仰が生まれたのであったが、結局はそれは釈迦、つまり当時目覚めた人と意味で
名づけられた「仏」の説いた説ではないかった法華経がどんどん一人歩きして後付けで
付加的にどんどんと追加されていった教説の中で生まれた教義であった。


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