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群馬県民スレ

934凡人:2013/10/29(火) 09:03:59 ID:cRSoFyHg0
群馬はモータリゼーションを促進する必要がある。それが地方の時代を実現する唯一の方法である。それに伴う負の一面がこの記事にある。新幹線や電車やバスの交通機関を優先して、あたかもマイカー増加のモータリゼーションを悪のごとく扱う記事をよくみかけるが、それは書き手が子供の時から洗脳された東京一極信者で在るからである。人口の少ない地方の時代を演出するのは新幹線ではなく、なんといっても自家用車が中心的役割を担うのである。
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【5】車王国、地域の足衰退
(2012年8月8日 読売新聞)

 生活バス路線ゼロも実情に合った体系必要
 
 富士重工業がスバル車の生産拠点を構え、日本でいち早くモータリゼーション(自動車の大衆化)が進んだ「車王国群馬」。県民のマイカー保有率は国内最上位だが、一方でバスや鉄道など公共交通機関の衰退も招いた。高齢化で車の運転ができなくなる交通弱者の増加が予想される中、地域の足をどう確保するのか。山間地から平地まで多様な地域が混在する群馬の地理的条件を踏まえ、持続可能な交通体系のあり方を探る。

 6月下旬、嬬恋村の温泉施設「湖畔の湯」の休憩所で、村内のお年寄りが漬物や煎餅を交換しながら茶飲み話に花を咲かせていた。全員、車の運転ができず、村が民間に運行委託した無料の福祉バスを利用して施設に集まっている。

 車を運転できない高齢者にとって、「最後の頼みの綱」となっている嬬恋村の福祉バス(6月19日午後1時56分、嬬恋村で)

 65歳以上の高齢者や障害者対象の福祉バスは、地域別に8路線あり、運行は日替わりで1路線ずつ。原則、行きに1便、帰りに2便だ。長男(52)と2人暮らしの主婦(79)は「一人では遠くに出掛けられないので助かるが、福祉バスに乗れるのは月2、3回。昔は国鉄バスが走り、本数もあって便利だった」と嘆く。

■減便から撤退へ

 村内では、草津温泉(草津町)とJR軽井沢駅(長野県軽井沢町)を結ぶ西武高原バスが通過するが、集落をほとんど通らない観光路線。「公共交通」としての生活バス路線は事実上、存在しない。

 かつては、村内でも路線バスが運行していた。1935年に国鉄バスが長野原町と長野県上田市を結ぶ路線を開設。戦後、村を東西に横断する国道144号を幹線に、各集落に入り込む支線が延びたが、マイカー普及で利用客が減少した。国鉄民営化で路線を引き継いだJRバス関東は、80年代後半から減便を実施。90年代の路線縮小や廃止を経て、07年3月末、最後まで残っていた上州大津(長野原町)と鹿沢温泉(嬬恋村)を結ぶ路線が廃止された。

 そのため、村は92年度から年間約1000万円の予算を割いて福祉バスを運行。07年4月から廃止路線を引き継ぐ形で、JR万座・鹿沢口駅―鹿沢温泉間の運行を民間に委託して路線維持を図ったが、利用は低迷。「広い村域に点在する集落を網羅する路線を維持するのは財政的に不可能」(村企画財政課)で、2年間で廃止となった。

■バス離れ加速

 同様の現象は、県内全域で起きた。

 県内の路線バスが最も利用されたのは60年代。「走らせれば立ってでも乗ってくれた時代」(村木勇一・県バス協会専務理事)で、ピーク時の65年度には707系統あり、年間輸送人員は1億4757万人に達した。

 しかし、マイカー普及で、70年代から利用客の減少が本格化。民間各社は、ワンマン化や路線廃止などを進めたが、運賃高騰や道路渋滞で不便さが増し、さらに利用客が減少する悪循環に陥った。94年度は、65年度以降最少の349系統、輸送人員1849万人に落ち込んだ。

 この間、館林市では、東武鉄道が86年末に市内8路線を全廃。93年9月に、民間委託で市が路線を復活させるまで、「全国で唯一、路線バスがない市」として、社会問題になった。
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