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群馬県民スレ
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コノ前は製糸工場の場所で新しく側溝を見つけて新聞の記事で大騒ぎ。今度は荒船風穴ですか、お疲れ様です。何千年前のローマ帝国の遺跡が今でも町を飾るヨーロッパの古い町並みとは大違い。ヨーロッパで骨董と呼ばれるのはキリスト以前と言ったのを聞いてヨーロッパの歴史の古さを感じるが、たかだか100年前程度のことに日本の考古学者がわざわざ出てくるものなのかと驚く。インカ帝国のマチュピチュは数千年前のもので、石造作り工法はエジプトのピラミッドと同じように現在の技師もマネができないと驚かせている。絹の歴史はどうか。3000年BCという気の遠くなるほどの古代から始まる。中国皇帝が2千年以上も製糸法を秘密にしていたという。日本が絹生産で世界史に出てくるのは、現代史のホンのわずかな期間。それもフランスの輸入技術に助けられていて自前ではない。いくらなんでもユネスコのためだとはいえ、御用学者とマスコミが一緒になって自画自賛する凄まじさ。これが国を挙げての官民学の連携の中味だと思うと悲しく、また恐ろしい。
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荒船風穴の石積み 通気性確保「4工法」
(2013年4月4日 読売新聞)
2010年に石積みが崩落した1号風穴(3月30日、下仁田町の荒船風穴で)
「富岡製糸場と絹産業遺産群」を構成する下仁田町南野牧の「荒船風穴」で、同町教委が昨年度、蚕種(カイコの卵)貯蔵所を囲んでいた石積みの調査を行い、その工法や岩間からの冷風を効率よく貯蔵所に取り込む仕組みが明らかになった。文化庁記念物課によると、風穴の石積みの詳細な調査は全国初で、専門家は「先人たちの工夫が施されており、風穴研究を前進させる成果だ」としている。
荒船風穴では2010年3月、三つある風穴のうち最も西側の「1号風穴」で、石積みの一部が崩落。町教委の調査は今年度に修復工事を行うために行われた。
当初は、技術が未熟なため粗く石を積んだだけと見られていた。しかし、崩落の衝撃で緩んだ石積みを取り除いたところ、背後の岩塊の形によって、4種類の工法を使い分けていて、積み方の粗さは通気性確保のための意図的なものだと分かった。
最も複雑な工法は、岩塊が凸凹で隙間が大きく深い場所で使われていた。表面の石積みと、岩塊の凸凹をならすように粗く積んだ「組石」の間に、直径20〜30センチほどの石を詰めた「裏込め」で構成されている。一番簡素なものは、石を積まず、岩塊を垂直に削る工法。岩間からの冷風を直接取り込める利点があるという。
そのほか、表面の石積みだけのものや、表面の石積みと「裏込め」のみを使ったものもある。また、表の石積みには、小さい石を間に挟むことで、隙間を作る工夫がされていることも分かった。
調査を行った同町歴史民俗資料館の秋池武所長は「地形に合った工法を選び、ある程度の強度を保ちつつ、いかに効率的に冷風を取り込むか良く考えられており驚いた」と話している。
東北芸術工科大学(山形市)の北野博司准教授(考古学)は「価値付けには他の風穴の調査が待たれるが、風穴研究の新たな一歩となる。現在も冷気を感じられる貴重な遺産なので、当時の積み方を復元することが望まれる」と話している。
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