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俺は小説家を目指している。

197イチゴ大福:2005/03/02(水) 18:52:22 ID:XZIh7iwc
35.実験的境界値の設定と境界条件の不確定性。
彼にとっては三人の名前がでたことよりも、むしろ、なぜその三人が実行犯と同定されたのか、そちらのほうが問題としては重要だった。
特捜がどのような経路で情報を得たにしろ、ソースのはっきりしないものを真に受けるほど、彼は浅はかな人間ではなかった。いずれにせよ、彼は志ノ田を始め、特捜を完全に信じてはいなかった。
志ノ田の狙いが特捜とは別にあり、そのために何人かのスケープゴートを必要としていることに気づくのに、彼はそれほど時間を必要としなかった。志ノ田は八年前の事件に片をつけたいのだ。そのためにはどんな代償でも払うつもりだろう。志ノ田の事件への執念は、一重に“復讐”のための“憎悪”によって支えられていたといえる。志ノ田が警察庁上層部の意向で動いているとはいえ、身内の恥がマスコミに流れることを快くは思わない。志ノ田が個人的意思に基づいて動いているのは、その“不愉快”で“私的”な部分だった。そして、志ノ田を“喰わせ者”と表現したのは、まさにその点だった。しかし、そのために志ノ田が何を狙っているのか分からない以上、慎重に行動することが必要だった。
「信用する、しない」の問題ではなく、「どう動くか」が重要だった。彼にはまだ確信がなかった。血の味の後に彼を襲った電撃のような閃光。思考は飛躍し、変化し、結合し、再構築してはまた無意味化するアルゴリズムの非線形性。どれだけ虚空を睨んでいただろう、自分で自分の頭の中に入り込むかのような永久循環を繰り返し、彼はひとつの、非常に不安定な境界条件を与えることで結論に至った。しかし、それは彼にとってはあってはならない事実であり、信じたくないという意思が裏切る絶望であった。
絶望は死に向かうインセンティヴを伴う“力”だ。そして“力”はどんな形であれ“暴力”を生み出す。絶望から暴力が生み出された歴史は、なにも珍しい出来事ではない。飢餓、貧困、搾取、抑圧、殺人、圧政、拷問、強姦、苦痛、屈辱、喪失、無感覚・・・・・・。“ない”ものたちはそのために耐えた。耐えて、耐えて、苦しみ抜いて、声を噛み殺して、自我を殺して、自分を失って、人間であることを否定して、醜い肉の塊となって、そしてようやく得た“絶望”という名の膿んだ海から、わずかばかりの暴力の種を探し出すのだ。そうして得られた種は、誰か特定の者に向けられた怒りに帰結する結実ではない。無目的に発散する、更なる暴力だ。人から人へ、親から子へ、子から子へ、そして、その子へと、歪なる精神は伝染し、感染力を強め、伝播するのだ。
彼は血の匂いを思い出していた。
「まだ裏付けられたものではない。」
冷静な彼は訴える。
「志ノ田が俺を嵌めるために用意した布石の可能性も考えられる。」
藍沢由布子の母親の顔が思い出される。妻の悲壮な顔が思い出される。苦しみ、六年間を耐えぬいた自分がいる。
拳を堅く握る。
「まだだ、まだ動くな!」
聞き分けの悪い犬を叱り付ける飼い主の厳しさで己を押さえつける。
「まだ早い、・・・・・・まだ早いんだ!」
薄暗い部屋の一室に、俄かに朝靄の、光の粒子が反射した柔らかな明かりが部屋を照らし出した。空はまだ暗いが、日差しの予感を感じさせる、力強い光線の照り返しを、遠くにみることができた。
夜の闇を引き裂く朝の光に、彼はそれまでの鬱積した怒りの感情が薄れていくのを感じた。それと同時に、自分が疲れていることにも気づいた。
「年なんだろうか?」
誰に問うともなしに言う。目の前に彼女の顔を思い浮かべてみる。それはとても自然な光景に感じた。手を伸ばせば今にも届きそうな・・・・・・その滑らかな肌の感触が手に伝わってくるような錯覚を、彼は覚えていた。
「少し眠ったら?」
彼女の声が聞こえる。頬に添えた手に自分の手を添え、その感触の具合を確かめるように瞳を閉じる。
「疲れてはいない。」
「いつもそういうのね?」
「君だって。いつも質問するのは君のほうだ。」
ふっと引きずられるような感覚で彼は目覚めた。ベットの上で、服も着たまま、彼は倒れるように横になっていた。横になった視界が、夢と現実との境界線を曖昧にし、彼を混乱させた。
緩慢な動作で起き上がる。
「夢か。」
部屋に差し込む強烈な光線。先ほどまで見ていた光景が何だったのか、現実の目の前にあるものとの差異、その意味の誤差を抽出するのに時間がかかった。
彼は自分が寝ていたことすら気づかなかった。それほどに疲れていたのか、それとも何かが彼を眠りの井戸の底へ引きずりこんだのか、だとすれば、さきほど見た夢にどんな意味があるのか。だが、何もかも合理的に解釈することは難しい。
そして、彼は考えることをやめる。
考えるべきことは他にあるのだと、自分に納得させるために。
そう、彼はまだ留まるわけにはいかなかった。


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