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日蓮聖人の僧侶観

22犀角独歩:2008/10/27(月) 19:14:01

マターリさん

いやいや、対等な議論の場です。謝罪の必要は何もありません。

> 僧俗一体

たしかに富要を検索しても見られませんし、かつての「日蓮正宗創価学会」では使われていた言葉ですね。ただし、近代以降、石山でも、よく使われる言葉です。

> 信徒

この語彙ですが、真蹟遺文のなかでこの使用はありません。
「信者」は、分類C断片存『四條金吾殿女房御返事』に「さゑもんどのは俗のなかには日本にかたをならぶべき物もなき法華経の信者なり」と1カ所あるのみです。
たぶん、マターリさんは檀那と信徒を区別なくお考えではないかと推測しますが如何ですか。「檀那」は、多用されています。

檀那と信徒は違います。前者は、供養する人であり、後者は単に信じている人々です。「弟子檀那」という括りは、出家弟子と供養する檀那に入道を加えた意味であり、ここに確たる区別があるからこそ、弟子と檀那を分けて書いているのではないでしょうか。

単に信じている人々は、消息文などが供養への返礼状であるという性質からして、対象外になっていると思えます。

区別差別といったことでこれらを論じる必要はないと思いますが、出家・在家の区別はもちろん存していたと思います。


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