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顕正会の実態を検証する

98アネモネ:2003/12/06(土) 19:17
ガンコさん

>95
しっかり読ませて頂きました。

私にとっては、顕正会そのものよりも、顕正会の人が顕正会の指導をどのように感じていらっしゃるのかが、とても興味があるところですので、とても参考になりました。

>・・・などと取り上げて面白がっていたのでした。

なにげなく書かれていらっしゃいますが、組織の指導に対して、率直に「面白がっているなぁ」と感じるところ、ここが、いわゆるガンコさんの内心における良心に関わるところで感じていらっしゃることだと思います。
もともと人間は、人の不幸やトラブルを面白がるところがありますね。そのような、人間の内面のいやーなところが人の「苦」の原因であり、そこをいかに克服していくかというところに、仏の教えがあるとも思うんですよね。
偉そうに書いてしまいましたが、もしも違っているならば、どなたかご指摘ください。

>ともかく学会員の罰の現証ばかりを強調するものです。

法華講でもそうでした。どこで知り得るのか、とにかく人の不幸を、待ってましたかのように情報を入手し、これでもかと強調しますね。人の不幸を待つ…これほど卑しい心はないと思います。
しかしこれは、顕正会に限ったことではなく、私のいた法華講にしてもそうでしたし、恐らく創価学会もそうでしょう。これら近親関係のいずれの教団も、自らの教団の正当性を証明するために、人の不幸を引き合いに、罰論に絡めて誇張するわけですが、それがどれだけ卑しい憎悪の心へと導く指導であり、信徒の心を著しく歪めかねないものなのか、これは個々の信徒に残された良心によって自ら気付くより他はないと思います。気付いた人が、口を勇気をもって口を開くことが他の人の良心を呼び起こすキッカケにもなるわけですね。

これまでの議論の中でも、幾度となく取り上げられてきたことですが、石山系の教団で、憎悪が煽られているのではないかということは、ひとつの着目すべき事実だと思います。もともとのお釈迦さまの教えが、滅苦を目的としているにも関わらず、憎悪を植え付けることは、人の心に更なる「苦」をもたらすものではないかと思いますね。
私もそれなりに、人生長いですから、人を憎んでしまったことがないわけではありません。憎悪という心の苦しみは本当につらいです。いろんな形で誰しも、嫉妬や怨執という心にさいなまれ、出口の見えない闇をもがいたことがあると思いますが、要するに、分裂した教団同士が近親憎悪で正義を争い合うということは、憎悪の心に陥ることであり、煽られる信徒は、「抜苦与楽」どころか、余計な苦が与えられているものではないかと思われます。

>わたくしは宗門復帰を強く願ってますので、御宗門の動向はつねに注目していないといけないと思いますが、

この点は、法華講を通して宗門を知る私としては、なんとも言いようがありませんが。本当は、宗門を直接見聞できればいいんですが、なぜかこの信仰圏はそのようなことが出来ない。それぞれの教団の閉塞性にも問題があると思います。
仏教を求めるその手解きとして、そのとっかかりに教団が必要だとして、どの教団を選ぶか選ばないかは個人の自由意志に委ねられるはずですから、本来ならば、掲示板参加と同じで、自由に教団の出入りが出来てしかるべきだと思いますね。

それから別のスレで、教団間のサーフィンという問題が出ましたが、たとえ教団組織からは離れたとしても、心理的拠り所の依存サーフィンが続けばそれは同じことですしね。石山系の問題はただ単なる組織依存ではなくて、本質はリーダー(カリスマ)依存だと思います。ある特定の人にカリスマ性を見出して、その人に自分の思考を依存することから脱却しないうちは、組織にいようがいまいが、それは同じことだといえますね。
だから、失敗を恐れず、自分で考えていくことを怠らないだと思います。


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