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顕正会の実態を検証する

621犀角独歩:2005/11/03(木) 00:16:07

618 ラキさん

例の横浜の起訴猶予になった事件以降、わたしの名前を出さないまでも触れたのは3回以上でしょう。

答えられない窮地に立つと、答えられないことに慌てふためき、それを述べた人間の人格攻撃をして答えられないことをごまかそうとするのは、当掲示板でもよく見られる光景です。

弘安2年10月12日に弘安3年5月9日の日禅授与漫荼羅と首題がそっくりの漫荼羅が一夜にして、板に掘られて、漆がかかって金箔が入った…、もっと言えば、七面山(七面大権現の信仰の霊地)の池に浮かんだ、光る木が、どうやってか、隣の身延山に届いて、いまの‘大漫荼羅’彫刻板になったなんて、有り得ない話を証明できるわけはないわけですから、これはこの点を責める人間の悪口を言ってごまかすしかないわけです。

いずれにしても、もはや、あの彫刻は、河辺メモにあるとおり、日禅授与漫荼羅を原本として、臨模・作為して後世の捏造品であることは、図形で説明したとおり、動かない事実です。もはや、言ったことを鵜呑みにするような子ども達を除いて、今後、こんな素人だましは通用しないわけです。つまり、大石寺の彫刻本尊の歴史は、昨年のわたしの発表、そして、続く出版によって完全に終焉を迎えたのです。

今後、顕正会員でも、妙観講員でも、「折伏」と称して、日蓮宗寺院その他を訪問すると、彫刻本尊の写真、日禅授与の写真、その2つを重ねた図形解析の写真の3枚を見せつけられ、「ほら、この2つは同じでしょう。あなた方は騙されてきたんですよ。よくご覧なさい」と言われることになります。もう、石山の彫刻で騙される人々はいなくなるわけです。

これはしかし、いくらわたしを批判しようと、わたしを悪人、謗法者と決めつけようと、魑魅魍魎と侮辱しようと、今後、石山彫刻本尊を本物だと信じて、折伏に歩く人々が背負う宿命となります。どこに行っても、3枚の写真を鼻先に突きつけられるということです。

それでも日蓮宗寺院に折伏に行かせるというのであれば、やればよいのです。やった分だけ、脱会者続出ということになります。

つまり、もう、「弘安2年10月12日、本門戒壇の大御本尊」の歴史は、終わったのです。断末魔の喘ぎをしようと、もはや、どうにもなりません。

しかし、このここ数十年の「弘安2年10月12日、本門戒壇の大御本尊」のお祭り騒ぎを終え、ここからはじめて、日蓮聖人に真摯に向かう歴史が始まります。終わりは、新たな始まりであるわけです。


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