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顕正会の実態を検証する

51ガンコ:2003/04/07(月) 17:16

「顕正会における達師顕師本尊の取り扱いについて」 その3

すこしばかり、ウソを書いてきた。正直にじぶんからバラしてしまおう。
一部の幹部の勘違い・・・というのは不適切である。一部どころの話ではないだろう、大多数の幹部が勘違いしていたと思われる。ようするにどう繕ったって顕正会全体で達師顕師本尊を忌避する傾向にあったことは否めないのである。
ではこれは本部が仕向けたことなのか? ゆいては浅井の意向であろうか?
断じてちがうと申し上げる。絶対にちがうのである。

なぜならば、この問題に関して浅井はちゃんと見解を示しているのである。

「ことの序に、このことについて謹んで所信を述べておく。
御本尊七箇之相承にも聞こえるごとく、御本尊を書写・活眼遊ばすお立場は、正しく『代々の聖人悉く日蓮』であらせられる。なればこそ嫡々代々の御本尊に御利益があらせられるのである。
但し、正法に魔障は付きものである。まことに恐れ多いが、御付属とは別な次元で問題の起こることも稀にはあろう。かかる正系門家の非常事態に備えて、日興上人は
『時の貫首たりといえども、仏法に相違して己義を構えば、之を用うべからざること』
と厳誡されたのである。但し、いかなる事態が起ころうとも、清浄の法水にはいささかの変化もない、これが本宗の有り難いところである。
初信の者が見れば、御本尊七箇之相承の御文と、日興上人の御遺誡とは一見矛盾するように見えるが、決してそうではない。まことに、このところに、本宗の令法久住の有り難さが存するのである。しかしながら、初信の者が感情にまかせて軽々しく判断することは厳に謹まなければいけない」(冨士271号)

いわゆる「試練と忍従の歴史」の記述である。古い本ではあるが、いまも読まれていることからして、これが顕正会の公式見解であることは疑いようのないところである。

おそらく解散処分以降、達師顕師本尊に対する忌避意識がつねに内在していたと考えられる。それに浅井はクギを刺しているわけであるから、初信の者(と勉強不足の幹部)が感情にまかせて軽々しく判断することは厳に謹まなければならない。

また、引用文を読めば“御相承の断絶”発言における浅井の真意もおのずと読み取れるはずである。
断じて見誤ってはならない。


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