したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

顕正会の実態を検証する

42黙さず語る者:2003/04/04(金) 10:38
ではガンコさん こちらにて。
まず私が疑問に思う点を上げさせて頂きたいと思います。

顕正会では折伏(?)の場で「絶対」という言葉を頻繁に使用しますが、「絶対」だと言い切る以上は、「絶対」である解説できなければならない、と思うわけです。
「なぜ絶対なの?」と聞き返して「とにかく絶対だ」という答では相手がまず納得するわけありません。
仏教は広く深い理解力が必要なのは分かるのですが、しかし最低限の回答位は用意されてあるべきだと思うのです。
ましてや信仰の対象となる本尊に関して何も回答できないというのは、問題ではないでしょうか?
顕正会としては指導徹底は常に会長の言葉のみに終始し、なぜそうなのか?といった説明が何もないように思うのです。
聞かれなければ問題はない、というスタンスでは法を勧める側の姿勢に問題があるようにも思います。

とするとこうゆうことになるのではないでしょうか?
本尊が一体どうゆう経緯で存在しているか分からないが、きっと正宗に所属していた頃の者、会長指導では妙縁寺より譲られた本尊であるから、きっとそうであろう。
会長がそう言っているのだから。
昭和年代の指導と平成年代の指導では会の本尊所持数の捉え方が違う表現になっているが、最初の指導では別に触れなかっただけであって、その時から会所持の本尊数に変わりはないのだろう。
今目の前で拝んでいる本尊もそうゆう事だろう。

こういった曖昧さのまま「この御本尊様に祈ると幸せになる」と言い切れてしまう事が相手に対して失礼ではないか、と思うわけです。
自分が幸せになるための対境であり、人にも勧めて本尊の前に座らせて、別に聞く者もいないから言う必要もない、という程度でしょう。
ここら辺が随分だなぁと思うのですが。

ガンコさんはこの点、どう思われているのでしょうか?


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板