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顕正会の実態を検証する
359
:
犀角独歩
:2004/04/19(月) 16:19
顕正会は「日蓮を用ひぬるともあしくうやま(敬)はヾ国亡ぶべし」の一節を日蓮を本仏と仰いだうえで、よく使いますが、この前後を見ると如何に支離滅裂な切文であるかがわかります。
「教主釈尊の御使ひなれば天照太神・正八幡宮も頭をかたぶけ、手を合はせて地に伏し給ふべき事なり。法華経の行者をば梵釈左右に侍り日月前後を照らし給ふ。かヽる日蓮を用ひぬるともあしくうやま(敬)はヾ国亡ぶべし。何に況んや数百人ににく(憎)ませ二度まで流しぬ。此の国の亡びん事疑ひなかるべけれども、且(しばら)く禁をなして国をたすけ給へと日蓮がひか(控)うればこそ、今までは安穏にありつれども、はう(法)に過ぐれば罰あたりぬるなり。又此の度も用ひずば大蒙古国より打手を向けて日本国ほろぼさるべし」
日蓮は釈迦の使いであるといい、用いなければ、蒙古に亡ぼされるというわけです。
日蓮が釈迦の使いであるという自覚は勝手ですが、史実からして、日蓮を用いることも、敬うこともなかった日本は‘蒙古に亡ぼされる’ことはなかったのです。
つまり、この文章は外れた予言でこそあれ、現代に引用するのであれば、蒙古という国が今も存在し、日本を亡ぼさない限り、何ら当たったことにならないわけです。
実に切文とは便利です。
御遺命守護同様、その根拠が崩れた創作ストーリー以上の意味はありません。
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