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顕正会の実態を検証する
302
:
ガンコ
:2004/02/20(金) 14:07
戒壇論雑感 その3
では、戒壇建立の御遺命にはどういう意味があるのか? ということになる。これについてはべつの機会に申し述べることにするが、いま言えることはつぎのごとくである。
大聖人仰せの「時を待つべきのみ」のその「時」が到来して、戒壇建立がなったとしよう、しかし、建物そのものに特別な力が備わるのではなく、あくまで力があるのは御本尊・・・すなわち本門戒壇の大御本尊に仏力・法力がましますのであり、それが日本ないし一閻浮提に波及するのである。これが本義であり、傍・正戒壇論の所詮であろう。
ここで日達上人の事壇論に触れたい。上人が法体に約して事壇を仰せになったことは今や常識であるが、いまだに「細井管長は創価学会に迎合して事の戒壇の定義を変更してしまった」と言い続けている団体がある。確かに日淳上人の御指南と相違するところがなきにしもあらずであって、事壇の定義を変更したというのはその通りであろう。しかし、創価学会に迎合したとの見方は、もうそろそろ改めるべきかと思う。
御高徳の日達上人であられる。迎合などされようか。しかし、当時の学会の金力・権力は絶大だった。そこで、一見非常手段とも思える事壇定義変更をもって、学会の慢心を誡められたと拝するべきである。
すなわち、「正本堂」なるがゆえに事の戒壇なのではなく、「戒壇の大御本尊」ましますがゆえに事の戒壇と仰せられた。御宝蔵も事の戒壇、奉安殿も事の戒壇、正本堂も事の戒壇、戒壇の大御本尊まします所はいつでもどこでも事の戒壇・・・これは、いまになって拝すると、正本堂という建物にこだわる池田大作氏を誡められたこと、一目瞭然である。
さて、従来の大石寺における主流の事・義壇論と、日達上人の事壇論は相違する。主流とは申すまでもなく日寛上人であられる。そうすると、やはり日達上人がまちがっているのだろうか? わたくしはそうではないと思う。もともと次元が違うのである。どちらも正しいのであるが、どちらかというと日達上人の御指南のほうが本源的である。
整理すれば、
※日寛上人は三大秘法抄・一期弘法抄にもとづき、実質的な戒壇建立に即して事・義の立て分けをあそばした。
※日達上人は「法華経の行者の一身の当体」ないし「法華経の行者の正意」に即して事壇を釈せられた。
ということになると思う。
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