したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

顕正会の実態を検証する

268中道一筋:2004/02/05(木) 12:41
皆様初めまして、中道一筋と申しあげます。
我が家は戦国期から代々石山信仰をしておりますが「創価学会等の主張していた石山義」そして「石山への批判者が言う石山義」そのどちらも我等から見ればまるで他宗を論じているとしか思えない。
本来、日蓮正宗にて戒壇という建物にこだわる歴史は無かった。
我等代々の感覚では、以下のような解釈をしていた。

『蓮祖御立ての法門の「本門戒壇」には、傍意の戒壇と正意の戒壇がある。
まず傍正をもって本門戒壇を述べるなら、本門の妙戒は既に理戒ですから、本門戒壇も事相の戒壇である。ではこの戒壇はどこにあるのか。戒壇とは如法に戒受得の道場である。本門戒壇は、本門如説修行者の行者の心中にこれを求める。
しかし先師尊宿は、本門戒壇をもって本門本尊の住所としている。心性即妙法蓮華経の久遠本時の寂光土であり、久遠本時の寂光とは本門戒壇である。すなわち「己心中の久遠本時の実相の眞壇、南無妙法蓮華経の中に生佛のけみょうを絶して、三世十法法界悉く久遠本時の寂光土なり」これが正意の戒壇である。
次に傍意の戒壇を述べれば、浄地に事相の本門の戒壇を設け、本門の本尊を安置し、更に本門の戒儀を選し、本門伝戒の師は如法に当家(富士門)の僧俗に本門の妙戒を授与する。この事相の戒壇をもって傍意の戒壇となす。大石寺に伝わる「一期弘法抄」の事の戒法を受けるため、国主が願主となって、富士山に建立すべき戒壇及び百六箇抄の種の本迹勝劣を説ける中の四十三条に出ずる三箇の秘法建立の勝地に造立すべき富士山本門寺の本堂の戒壇とは、僧俗の受戒の道場であり、明らかに事檀ですから、傍意の戒壇である。』

以上が代々檀家の1人が昭和40年代に、創価学会への批判的論法をもって著作した「本門一仏乗論」からの要旨抜粋ですが、本来は石山といえども「正意は己心戒壇」なのであります。
その上で「傍意の本門寺の戒壇」を論じるのが本来の石山義なのでありますが、創価学会が広宣流布達成を誇るために、無理に片方だけをとりいだし、妙信講がそれを同じ土俵に乗って批判し 現在も勘違いしていると考えた方が良いと考えます。
妙信講も無理に傍意の戒壇にこだわることは無かった。傍正のたてわけが出来ていれば、正意の戒壇が壊されてないのだから、創価学会さんが何を言おうと笑って済ませれば良かった。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板