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顕正会の実態を検証する

257犀角独歩:2004/02/03(火) 16:50

256 れんさん:

有り難うございます。やはり『大石記』ですか。
この書について、石山・水島公正師は

「また『大石記』は、家中抄にあるごとく文献的にも問題のある文書であり、宗門の大事に引用するほどのものではないのである」(『久保川論文の妄説を破す』所蔵『「世界宗教への脱皮』の妄見を破す』第2章第1項(1)「大石記」について」日蓮正宗宗務院教学部 昭和56年2月16日 P44)

と言います。その根拠とする『家中抄』の記載が何を指すのか。同師はしかし、「その理由については冗長となるので今は省略する」とその言及を避けています。

当時、教学部に傾倒していたわたしは、この経緯から『大石記』傍系資料とそれを軽んじいまに至っています。

仮に時師が、引用の如き思いを懐いていたとして、そののちの嫡嗣分である有師がこの説を言わず、北山八幡社壇造立を「朽木書」とすることは整合性を欠くように思えます。

達師の略解に拠れば「朽木書とは絵画の下書のこと、手本の意」(P92)というわけですから、大石の寺も重須八幡社壇も、ともに未来、本門寺の雛形として造立したという見方は出来るかも知れません。

しかし、わたしは蓮師は事壇を説かず没したと考えますので、いずれにせよ、興師の発展的解釈がその濫觴であると考えます。


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