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顕正会の実態を検証する
252
:
犀角独歩
:2004/02/03(火) 11:00
247 れんさん:
> 観心本尊抄には勿論戒壇建立についての文はありません
そのとおりですね。
この段階で蓮師に題目・本尊と並び称して戒壇を考えるアイディアには至っていなかったでしょう。
> 蓮祖が本尊抄執筆の当時、四菩薩再誕の賢王の出現を期待していたのは事実
ええ、これも同抄の文面から読み取れます。
> 身延入山後執筆の取要抄草案(真蹟身延曽存)には、比叡山迹門戒壇に相対して、場所は富士と選定してませんが、本門戒壇を建立すべき文意
これをそのままに受け止めても、それは本尊抄執筆からあとの話です。
本尊抄には戒壇義はなく、「現折伏時成賢王誡責愚王」は涅槃経の有徳王・覚徳比丘説話に基づく摂折論であり、「此時地涌菩薩始出現世但以妙法蓮華経五字令服幼稚」の結として記されるところです。同抄全文、また、この句説は戒壇義を述べるところとなっていません。
また、富士・大石寺は日蓮没後、目師の縁故で建つ寺院に戒壇を建てることを意図しているなどと考えられるはずはありません。
大石寺建立の工を始めたのは正応2(1289)年のことであって、本尊抄執筆の文永10(1273)から16年もあとのことです。
蓮師は真跡で見る限り、富士山に対する特定の思い入れもなく、さらに没後建立される大石寺のことなど、知るはずもないわけです。ですから、そこに建造物としての階段が建つことを想定して「現折伏時成賢王誡責愚王」と記したというのは作為的な解釈と言うしかないとわたしは思えます。ただし、これはれんさんに難癖をつける意図ではありません。
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