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顕正会の実態を検証する
224
:
犀角独歩
:2004/02/01(日) 12:00
218 愚鈍凡夫さん:
> 日有紫宸殿本尊を模刻…「戒壇之本尊」の身代わり
この指摘は実に重要ですね。
達師は精道師時代『悪書 板本尊偽作論を粉砕す』のなかで
「日有上人は戒旦御本尊の御身替りの御本尊を模刻遊ばされたのは事実で、其の御本尊には日有上人が署名を遊ばされている、此は今日大石寺の御宝蔵に納められてある」(P65)
と記しています。また、この根拠は応師『弁惑観心抄』の
「日有彫刻ノ本尊假立シテ且ツ戒壇ノ本尊に擬セシナリ…惟フニ後世是ヲ訛傳シテ日有眞ノ戒壇ノ本尊ヲ彫刻スルノ説ヲナセシナラン」(186頁)
わたしはこれらを読み、有師の身代わり板漫荼羅と戒壇漫荼羅は同一相貌であると思っていた経緯がありました。
221ジャンノレンさん:
亨師の紫宸殿本尊の逸話、学会向けの印刷漫荼羅頒布以前の石山人感覚を表すものですね。通り一遍の戒壇本尊信仰党では、戒壇漫荼羅とそれを書写した歴代漫荼羅以外は礼拝対象としないことになっています。仮に蓮師御筆漫荼羅でも礼拝対象としないというアナウンスです。これは言うまでもなく、寛師の戒壇漫荼羅観を敷衍したものですが、亨師はさすがに闊達な発想に基づいており、微笑ましく感じました。
なお、紫宸殿本尊と聞いてわたしが直ちに思い出す記述は亨師の
「学頭日照師が朝鮮に布教するや、紫宸殿御本尊を有師の模写せるものによりて写真石版に縮写し・新入の信徒に授与せり」(冨要1)
という件です。古来「紫宸殿と称す」ということで、伝聞からこの漫荼羅が「紫宸殿御本尊」と呼ばれるようになり、特に尊皇思想の時代を生きた亨師方は、殊の外尊重したという時代性を背景にしての雪山坊への模刻安置、天皇神聖主権下、新本仏迹も鷹揚に帯した時代の風景と言うところでしょうか。もっとも石山の尊皇思想は、表向きはどうであれ、いまも変わっているはずはありませんが。
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