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顕正会の実態を検証する

199一刀両断:2004/01/15(木) 19:52
ガンコさん
全くもって独歩さんの仰られる通りであると云わざるを得ません。
本を頒布して、顕正会の主張を読んで貰おうという行為が広宣流布に繋がるのでしょうか?
冷静に考えてみて頂きたいと思いますが、この行為が一体広宣流布にどう繋がる根拠があるのか。
本当に広宣流布を目指している行為とは到底受け止める事はできません。
会内では”一対一の折伏こそ”といい、”縁故を辿ってこそ”と会員を先導していながら、会自体がある程度会員数を確保すると”一国諌暁”などという綺麗な言葉を並べて本を出版して一般人に理解を求める。
本当に国を憂う者が、こんな行為をするとは到底思えません。

付加して顕正会の機関紙を考えてみて下さい。
顕正新聞を見てガンコさんはどう思われているでしょうか?
大抵の会員はそれを見て読んで、”感激した”、”信心が固まった”などと云っておりますが、会内発行の機関紙ほど恐ろしいものはないと私は思っています。
私は過去顕正会に在籍していたし、機関紙を真剣に読んでもおりましたから、私自身、散々行った行為ですから、こんな事を申し上げても「貴方もそうでしたよね?」と指摘される方も多くいるでしょう。
しかし敢えて多くの人からも批難もあるでしょうけれども、反省の意も含めて本当に思うものです。
”自己批判をできない機関紙は嘘のみで固められている存在である”と。
自己批判した顕正新聞をどこかで拾い出すことができるでしょうか?
常に”会は凄い””有りがたい””尊い”と賛嘆こそすれども、一度たりとも自己反省的な記事を読んだ事がありません。
本当に顕正新聞の記事しているだけの内容の通りでしょうか?そんなわけありません。
会員でも多々虚栄の発言はしますし、幹部も勿論しかり。
添削に次ぐ添削にて発表させられた体験発表は、最早登壇会員の意図する内容とはかけ離れることなどザラなのです。
自己反省している登壇といえばただ”無二の師匠に対して申し訳ない”、”先生の驥尾に伏せさせて頂く以上、自身の恥じた戦いを一変させ”等という、会と会長を常に尊敬させる言葉だけです。
これのどこが”清き団体”の機関紙でしょうか?
かえって”自己反省すらできない愚かな団体”と嘲笑を受けてしまうものです。

日本国内で新聞各社が、天皇を一斉に敬い、尊び、日本神国を主張した時代を御存知でしょう。
あの時代、誰も批判的発言など一つもなく賛嘆のみ記事にされたわけです。
独逸も伊太利亜もまた同様です。
現在の北もまた同じ。
批判的発言が含まれない機関紙、しかも会内出版の本など、読むにすら値しないものです。

顕正会員が創価学会の聖教新聞を読んでどう思われますか?
結論、この程度のものでしかないわけです。

たとえ100万を期して諌暁書が発刊されたとしても、私はだから自己満足でしかないと申し上げているのです。


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