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顕正会の実態を検証する

176ガンコ:2003/12/17(水) 08:32
アネモネさんより宿題をいただきながら、いまだに果たせずにいること心苦しく思っております。

かつて議論になったことと、いまの議論と、共通する点が見いだされますので、いまだじぶんの言葉で申し上げる力はありませんが、浅井の立正安国論謹講より、抜粋・引用させていただきます。

―引用開始―
さて、釈尊が過去世において国王たりし時、謗者の命根を断ったというのも、いつに謗法を禁めて正法を護持するためであり、また大慈悲のゆえである。
大慈悲のゆえに命を奪うというのはおかしく聞こえるかも知れぬが、よくよく考えれば、謗法者は知らずとはいえ自らの仏種を破壊せんとしているのだ。この自らを殺す非行を命根断絶により救済する。すなわちその色心を断じて慧命を全うさせるのである。またこれ以上の悪業をなすを許さず、命根断絶して未来の堕獄を救うのである。されば殺にも憤怒・残忍から出るものと、このように慈悲より出るものの二つがあるを知るべきである。
しかしここで注意しなければならないことがある。それは、このような謗法者に対する命根断絶という行為は、国主・国家権力がなすべきことであって、個人は絶対にしてはならない。ゆえに涅槃経にも、釈尊が過去世において国王であった時の行為として説かれているのである。
また時代によっても適・不適がある。後段に御指南があるが、釈迦以前においては命を断ずることが説かれているが、釈迦以後の時代・社会においては、その施を断つことを以って断命に代えるのである。
これは謗法者の命を断ずること自体が本意ではなく、あくまでも謗法を禁断することがその目的であるからである。
―引用終了―

なお、わたくしが所持している「立正安国論謹講」(浅井昭衛著)は昭和六十三年版ですので、近年発刊された最新版とは内容が異なるかもしれません。


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