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顕正会の実態を検証する

170心者雖念不直相鴨:2003/12/16(火) 04:00
一刀両断さん:
ガンコさん:

詳細にわたるレスありがとうございました。
オウムの事件に関しては、当時業務上で直接的なかかわりがあり、対応に忙殺されていました。従って、発生時より刑事事件的な側面に関しては(一般報道を)逐一追跡していましたが、創価学会の組織からは離れていたため、当門流がどのような対応をとったのかに関してはまったく存じませんでした。朝、読、東京の三紙を通覧していた限りでは、当門流からの公的な(記者会見や代表者による声明といった形での)仏教教義上からの批判はなかったという記憶があります。
 一般紙にオウムの教義にある秘密金剛乗(タントラ・ヴァジラヤーナ)とは、悪行をなす生き物はポワ(殺害)して、より高度な位へと上げてやることが成就者の慈悲心であるとの説明がありました。一方で、真言を唱えたり、護摩を焚いたりする密教の実践を行う日本の真言宗や天台宗も、実は密教、すなわちタントラ・ヴァジラヤーナなのであるとの解説もありました。
 「なぜ、既成の仏教教団は教義上からきちんと批判をしないのだろうか?」と、疑問に思っていました。それが、前掲書(保坂俊司:インド仏教はなぜほろんだのかーイスラム資料からの考察―、北樹出版、2003)の序文を読んで、「やっぱり、誰も(どの教団も)公的には、きちんと教義上の批判はしていなかったのだな。」と、納得したわけです。

ガンコさんよりご紹介いただいた、日蓮正宗顕正会第二十六回総会における会長講演(抜粋)の内容も、自宗側からみた一方的な批判(レッテル張り)で、経典の内容に即した批判ではありません。「真言亡国」と切り捨ててしまうのではなく、内容を理解した上で批判できるような教学も必要なのではないでしょうか?
これは、オウム真理教(現アレフ)が 「既存の各仏教教団が、祖先崇拝など仏教には相容れない日本的土壌と融和し葬式仏教化・法事仏教化している中で、オウムの仏教観は「日本仏教の惰性と欺瞞をトータルに否定する苛烈な潔さ、ファンダメンタリズム独特の透徹した論理性を具備」(宮崎哲弥:仏教原理主義とテロルの理論、宝島30(6),pp42,宝島社)し、依然として一定数の若者を魅了し続けているという現実がある以上、重要なことであると私は考えます。
なぜ度脱(麻原のいう「ポア」)という考えが出てきたのか。度脱は本当に正しいのか?(間違っているのか?) 自分の言葉で考えて、説明できるような教学が必要だと思います。


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