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顕正会の実態を検証する

168アネモネ:2003/12/15(月) 19:15
(つづき)
オウム事件の実行犯に駆り立てられた人たちの、強い信念構築の背景には、組織からの粛清の恐怖というのが常にあったわけです。見せしめに殺された信徒もいたわけですから、従わなければ明日は我が身と強迫観念に陥れば、正常な判断能力は自ずと疲弊していきます。
それと同じことが、石山系でも行われてきているわけです。もちろん、殺害といったことは行われてはいません。しかし破門や除名とは、信徒にとっては粛清や処刑と同じくらい信仰上の抹殺という処遇といえるでしょう。その恐怖に煽られて、自分の意見を押し殺して、常にトップに従い忠誠を誓わされる構図は、まさに恐怖政治といえるわけです。

たまたま、フセイン大統領の独裁恐怖政治の実態がニュースでまとめられていましたが、似たような思想背景が石山系にあります。組織信仰者にとって、破門や除名は、まさに公開処刑と同じ、信仰生命を断たれるようなもの。
だからこそ、ガンコさんじゃありませんが、頭のどこかで組織の不健全さはわかってはいても、やはり除名という心理的恐怖から、なかなか逃れられないわけですね。
組織からの除名の恐怖は、要するに、罰論に操られてもいますから、その恐怖から逃れるためにも、組織外の人を通して、仏教を聞くということは、心理操作を弱める意味でも、非常に大事なことだと思いますね。

しかし、日蓮正宗法華講では、オウム事件については、ほとんど何もきちんとしたことは語られていなかったですね。>156で、心者雖念不直相鴨さんが紹介してくださった内容にあるように、なんだか「我関せず」の姿勢でしたね。信徒の人も、邪宗の現証みたいなことで、その先は何も考えてはいませんでした。
オウムの施設は、同じ富士山にあって、大石寺からも遠くはありません。戒壇建立の地とする山にオウムがあるというのに、なんだか、能天気な印象を受けたものです。
しかし、結局、振り返ってみると、オウムを検証するとき、そこに横たわるものは、信徒を恐怖で煽るマインドコントロールであり、そこを追究することは、独自組織の自己批判をも意味するところでありますから、とうてい批判はできないでしょう。その矛盾を突かれることを避け、おとなしの構えを決めていたことがうかがえます。
謗法、邪宗の現証と、ただ繰り返すだけだったと思い出されます。信徒も口移しで、そう繰り返るだけで、何も考えてはいなかったですね。
御本尊対自分の世界だけに生きている、まさに現実の証という組織の実態だったと思い返します。


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