[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
顕正会の実態を検証する
156
:
心者雖念不直相鴨
:2003/12/15(月) 12:21
最近、こんな本をよみました。序文に、執筆にいたる動機(強烈な危機感)が記されていますのでご紹介します。
保坂俊司:インド仏教はなぜほろんだのかーイスラム資料からの考察―、北樹出版、2003
************** 引用開始 **************
インド仏教の衰亡というテーマをある意味でわが身のことと考えなければならないような事件が起こった。オウム事件である。(中略)いかに変則的で、独善的であるにしろ仏教、しかも真の仏教を名乗り、仏教の理論一かなり独善的で、未熟な部分もあるが、その全てが否定されるわけでもない一と称して、殺人を含む多くの社会問題を発生させたこの集団に対して既存の仏教界から、反論も非難も、あるいは賛意も全くといって良いほど聞こえなかった。少なくとも、その渦中において、そして最もその発言が期待された時期に発言される仏教者が皆無に等しかったことは、この国の宗教性の問題点を浮き彫りにしたように思われる。つまり、伝統仏教界からも、所謂新興宗教といわれる仏教集団からもオウム問題への公式の批判も、賛同も一切といって良いほどに聞こえなかった。まさに等閑視するのみであった。このようなことで、日本の仏教は社会的な信用や役割を担ってゆけるのか? あるいは、このようなことにも是非を論じられないほどに仏教は衰退してしまったのか?あるいは変容してしまったのか?少なくとも筆者は、失望した。仏教は宗教的な自浄作用を失ってしまった。少なくとも社会から遊離してしまったように恩えた。勿論既存の仏教教団が、オウム真理教というような未熟な宗教団体と、同一視されることを嫌った、ということも理解できないわけではない。しかし、オウム事件への既存の仏教界の対応は、仏教への日本人の信頼を大きく損なう結果を招いた、ということの意味を日本の仏教者、それは伝統宗派から、様々な新興の仏教系集団も含めて深刻に反省すべきであろう。いずれにしてもオウム教団は、正統なる仏教と自らを位置づけ、その上で仏教教理からの必然としてサリン事件など一連の事件を引き起こしたのである。したがって、その刑事犯罪的な部分とは別に、彼らの行為について即座に宗教的見地、つまり仏教思想から批判一あるいは賛同がなされなければならなかったはずである。しかし、未だにその本格的な議論は、仏教界からは十分なされていないようだが、キリスト教、あるいはイスラム教であれば、おそらく徹底的な反省がなされるであろう。(中略)もし、そのような超世俗のスタンスを現代仏教界がとろうとするのであれぱ、日本仏教はあるいはインド仏教と同様の運命を辿ることになるのかも知れない、という危機感が筆者に強く湧き上がった。(中略)もちろんその後も仏教の一派を名乗り詐欺的集金活動をする団体は後を絶たないし、仏教界からのこの件に関しての意見を聞くことはほとんどない。
*************** 引用終了 **************
顕正会は、オウムの事件に際してどのような発言をなさったのでしょうか?
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板