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顕正会の実態を検証する

154アネモネ:2003/12/15(月) 11:29
随分と前のガンコさんの記述ですが…

>122
>確かに先生は政治に詳しいです。へたな政治家よりはよほど詳しいと思いますけど、その専門家ではないわけです。

ガンコさんへの反論というわけではなくて、政治と宗教について、少しレスをしたいと思います。

日蓮さんの「立正安国論」における諌暁精神からいって、日蓮系教団が政治に関心を持つ傾向性というのはひとつの特徴だろうと思うところです。
政教分離は、憲法で定められていることですが、だからといって信仰を持つ人やその教団が政治に関心をもってはならないということではなく、教団内で政治についての話題が出たとしても、それは必ずしも違憲といえるものではないでしょう。
政治というある意味きな臭い印象をもつ語彙を使わずとも、社会に関心をもつということであるならば、むしろ積極的に考えてしかるべきことかもしれません。
ただし、そこではどういう思想に基づく政治が語られているか、その内容が問題です。

私が参詣していた頃の法華講組織では、月例登山などで、柳沢さんがよく政治に関わる話をされていました。
恐らく日蓮の諌暁精神にのっとってのつもりでしょうけれど、たいていの話は政治なり社会なりをことごとく批判しているわけですが、それはともかく、結局、話の落としどころは、「日蓮正宗の正しい信心をしてる私たち法華講に任せれば世の中はよくなるんです」と、なるわけです。それを受けて満場の拍手喝采がお決まりのパターンでしたね。

柳沢さんはそのお年からいっても、私などよりは長く日本の社会をご覧になってきている人ですから、政治を語る言葉にも、それなりの重みや説得力があるかもしれません。顕正会の浅井さんにしても恐らくそうでしょう。もともと政治に疎い、女子高生や主婦がそうした人の政治話を聞けば、なんとなく政治に精通した気にもなるものでしょう。
しかしそこが落とし穴でもあると私は懸念します。政治を知った気がするというところの、その錯覚です。

特に私が最も危険視するのは、たとえば柳沢さんの語る政治に民主主義がみられないということ。「私たち法華講に任せれば…」という言葉が象徴するように、政教分離を逸脱した発言を平然とするわけです。何も知らない人は、政教分離の社会が間違っていると思うことでしょう。
近代政治を語るうえで、このように民主主義の後退を意味する発言が平然と語られ、満場の拍手喝采が送られる教団の状況に、私は思想的危機すら覚えました。

また顕正会における浅井さんの政治評論については、私は一度も聞いたことがないものの、しかし、顕正会の憲法改正案の一部を読ませて頂いた限りにおいていもやはり、民主主義はもちろん、基本的人権の後退さえ危ぶまれる内容であったと感想をもちました。

私が何を言いたいかというと、近代政治を語る…このことにおける最低限の前提ともいえる大原則は、基本的人権と民主主義だろうと思うわけです。
そこに政教分離という社会構造が築かれたという、その背景すら理解されていないのではないだろうかと危うく感じるものなのです。そのような言葉を鵜呑みにする信徒の人たちの無自覚な意識とは、地下鉄サリン事件を起した、オウムの信徒と同じものだと思えて懸念してしまうところなのです。

ここで、政教一致で何が悪い、正しい信心をしている人が政治をすれば、正しい世の中になるんだ…と信じている人は、中世の世界史と、日本の戦前の歴史を今一度勉強したほうがいいでしょう。


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