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顕正会の実態を検証する

133犀角独歩:2003/12/10(水) 16:57

> 132

お久しぶりですね。お元気ですか。
さかなこさんはお母様になられたんでしょうか。
遅ればせながら、お祝いを申し上げます。

さかなこさんが、お子さんに創価学会に触れさせたくない、仏教書に触れさせたくない、そうお考えになるのは、たぶん、そこに本当の宗教心を見ないからだと思うのです。
さかなこさんが成育の過程で味わった苦痛は、弓山・藤田両師の言葉を借りれば、スピリチュアル・アビューズということだったのですね。

わたしも創価学会2世ですからそのお気持ちはわかります。創価学会であったわたしの家には「宗教心がなかった」と思っています。もちろん、その事情は法華講でも、顕正会でも同様ですね。

言葉を定義せずに議論を進めるのはNGなのですが、実はわかって敢えてそうして書き込んでいます。

宗教心とは何でしょうか。シッダルタにも、イエスにも、日蓮にも、親鸞にも共通している心、それらを生み出してきた人類共通の精神的な宝。それは宗教集団という形を取るととたんに干上がってしまいます。教義だ何だというと文字化けしてしまいます。口で説明すれば、説教臭くなってしまいますよね。

人が人との触れ合いのなかでしか伝えられない、感じさせられないもの。しかしかけがえのない心ですね。

さかなこさんが宗教団体、書籍、教義その他を介さないで、家庭内で宗教心を養うという在り方にわたしは賛成します。

> 具体的に家庭内で宗教心を養うというのはどのようなことすれば良いのでしょうか

文章では尽くせませんが、簡潔に申し上げれば「いのちの尊さを伝えること」ではないでしょうか。いのちとは人の命に限らず、もののいのち、自然のいのち、生物を含めて森羅万象いっさいの、いのちの尊さということです。もちろん、こうして書く文章では、その大部は損なわれて伝わりませんが。

宗教心…、それはいのちと言っても、霊性と言っても、あるいはスピリチュアリティと言っても言い方はそれぞれであると思います。要はその心を、心から心に伝える。お母様の心からお子さんの心に伝えるということではないかと、わたしは考えます。

議論ある団体がいうような宗教が、宗教などと言える代物でないことを見抜ける眼力は、この心を通じて養われるでしょう。あれら宗教集団が言う宗教が宗教であるわけもなく、まして、そこに宗教心があるわけはありません。

要は本当の宗教心とは何か、その答えを親御さんがしっかりと持てるかどうか、そこからはじまることですね。その答えは、お子さんを慈しむさかなこさんの心のなかに既にある、そうわたしは思います。


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