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顕正会の実態を検証する

107犀角独歩:2003/12/07(日) 13:55

96、97 アネモネさん:

いつも長文のレスをいただきまして有り難うございます。
先頃、カルト被害者の会がありました。ここでは石山系集団被害を訴える人も多いところなので、わたしは当板を紹介していました。

そんなことから、たまたま掲示板の話題になったのです。その時、「アネモネさんの投稿は丁寧で参考になります」という意見が出ていました。「ロム専なので、アネモネさんによろしく」とのことでした。皆さん、熱心に読んでいらっしゃいます。

> 慈悲の発露…離れた…教義解釈…ほとんど意味を感じない

仏教信仰にある人が心しなければいけない一点であると思います。
蓮師真跡でも「世間の法には慈悲なき者を邪見の者という」(顕謗法鈔)という一節がありました。

> 私の祖母が亡くなりました

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

> 看護士さんは「…苦しみを少しでも取り除いて…楽にしてあげる…務め」
> …特定の宗教に対する信仰心はなくても…日常の当たり前の生活の中に見い出したい…
ここに宗教の原点があるのでしょうね。
宗教集団にではなく、宗教心に人は共鳴するのだということなのでしょうね。

カルト問題を扱っていると、カルトに入会する子供達には一定の共通点があることを気が付きます。それは家庭のなかで宗教心が不在であるということです。
親が無宗教である、あるいは極端に熱心であるという偏重が見られるという点です。ここで重要なのは、宗教ではなく、「宗教心が」ということです。

この宗教心とは、仏教で言えば慈悲の発露、キリスト教で言えば博愛の精神という心地(物や事に接した時の心の状態)を形成する基礎となりますね。わたしは長らく勝劣派におり、闘争、勝負として宗教をとらえてきました。その名残と日々格闘しています。
昨日も統一協会を脱会したあと、牧師になられ、いまは脱会支援に取り組まれている方と話していたのです。かつて、その方と公開で討論のようなことになったことがありました。その時、それを端で見ていたある知人の社会心理学者が「二人とも脱会経験を持つトラウマに突き動かされている」と、穏やかに指摘をくださったのでした。

その先生からすれば、方やキリスト者、方や仏教者でありながら、私どもの論調に、かつての名残がトラウマとしてあることを分析してくださった。これは実は宗教の問題ではなく、宗教心の問題であったと思うわけです。

この宗教心の発露は人間性として、文言に明らかに現れるものでしょう。
時折、この点を反省しませんと、かつての習気(じっけ)が無意識に働いてしまいます。そんな折、たおやかなアネモネさんの文章に触れると心が洗われる思いがします。襟を正す瞬間です。そして文章がストレートで、何を批判し、何を肯定しているのかが、すっきり明瞭に読み取れるアネモネさんの文章をわたしは好きです。

今後とも質量ともに充実した投稿を期待いたします。


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