[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
1101-
1201-
1301-
1401-
1501-
1601-
1701-
1801-
1901-
2001-
2101-
2201-
2301-
2401-
2501-
2601-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
つぶやきすれっど2
841
:
犀角独歩
:2004/03/20(土) 09:44
以前にも紹介したことがあるかも知れませんが、昭師『遺跡之事』に
「一、聖人御歯二粒ハ者 御存生之時 親リ聖人御手自リ賜フ所也 夙夜向顔之思ヲ成ス可シ…文保十七(1317)年十一月十六日」
とあります。尤もこちらは肉が付いているとは言っていません。
その分、信憑性はあります。また、これが事実ならば、石山の「御肉牙」はこれをモチーフに創られた話なのではないのかと思っています。
あと、まったく余談ですが、石山の御会式は興師だけが「日蓮聖人の弟子」として『申状』を出し、他の五老方は「天台沙門」と名乗ったと非難していますが、悪玉の代表のように言われる向師も「日蓮聖人遺弟日向申」とし記した『申状』が日宗全に載り、高師も「日蓮聖人遺弟日高謹申」となっています。その他は詳しく調べたわけではありませんが、この二つの例を見ても『富士一跡門徒存知事』の「一、五人一同に云はく…天台沙門云云」の批判はどうも直ちに信用できないところがあります。
さらに脱線して身延離山について朗師『身延離出書』に
「久遠寺ノ大檀那波木井殿ニ三ツ謗法之有ル依テ 日昭 日朗 日興 日頂 日持ノ五人ハ同心ニ彼ノ山ヲ出ヅル事一定也…彼ノ日向ハ日蓮ノ御弘通ノ本意ヲ背キ大謗法…」
とあり、重須の五一相対(五老 vs 興師)はいささか趣を異にしています。
この文に見られる五老 vs 向師の五一相対は、以前、たしか三学無縁さんが指摘されたことがあったと記憶します。
この所伝が事実ならば、石山の身延離山史のみならず、昭朗門もかなりアナウンスが違っていることになり、なかなか興味深い文献だと思えます。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板