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つぶやきすれっど2

788ワラシナ:2004/01/06(火) 22:32
「地震見物に来るな」の貼り紙(1)
---阪神大震災発生三50日後の現地訪問記--

0、あれから8年経過した今頃になって、被災者でもなかった自分が「阪神大震災発生三ヵ月後の印象記」をここに記す事になったのは胸につかえていた事が中々吹っ切れなかったからだった。それが、タイトルの「復興に頑張っているから地震見物に来るな」の文句との出会いであった。それは、激震による建物被害の象徴としてマスコミ報道写真に多く登場していた三宮駅前周辺にあった電柱の貼り紙にあった。

その文句を見た時は、一瞬冷水を浴びせかけられた様に感じた。軽率で大変まずい事をやってしまったような気がした。とっさに反発しかけたが、心の中で別な自分が「自分はそうじゃないようぅ」と小声で呟くのが精一杯だった。

私は地震発生50日後の現地に行ったのである。地震見物といわれて大変心苦しいのだけれども。

あの日の午前10時頃三宮駅前に降立った事は自分の関西旅行の目的が紛れもない地震見物であった事を物語って入るだろうし、三宮駅に赴いた目的も激震被害の有様を見に行く見学、だった事も否定しないし、それだけに終わって激震被災者の心的衝撃の酷さに自分の貧しい想像力が及ばなかったからこそ「冷水を浴びせられたように感じた」事も認めるものである。

が、「地震見物に来るな」と言われても行かざるを得なかったこちらの心の移り行きの自然の流れというものもあったのである。

又、ひらき直って言ってしまえば、少なくとも外部の私、それも現地に知人を持たない私にとっては、マスコミ報道以上の真実を求めようとした場合にはまずもって、(言葉は悪いが、)「地震被害見物に行く」他無い様に思われたからであった。

尤もそれを以って「地震見物に来るな」との御非難に抗し得る訳には行かないと思う。「見に行きたかったから行ってきた」風のこちら側の一方的な一分の道理だけで行動する事の無神経さに旅行後追々気がついてきたからであった。「来るな」と言われて「行く側の一分の道理」も認めてもらえなかった悔しさも憶えたが、被災者の方々が味わったものはそれとは比べ物にならない程のやりきれなさに苛まれていた筈なのであろうから、である。その悲痛な叫びとして「来るな」が発せられた、と思っている。

このように、あれから八年経った今頃になって、あの当時の自分の至らなさに段々感じ始めて来たのである。そして、その頃の自分の思いと振る舞いを丁寧に反芻して見る気持ちの余裕が出てきたのである。やはりあの旅行時は自分も夢中になる余り聊か被災者に対する精神面での配慮が欠けていた、と思う。それは「被害共感の欠如」と言えるかもしれない。

それは、帰京して旅行中の興奮が解けた後から被災者が心の内側で感じていたものに近づいて行ったように感じて来たからであった。


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