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つぶやきすれっど2

707みかん:2003/11/10(月) 19:21
議論になりそうな箇所を一部引用します。

136頁
> (前略)田村氏は、天台本覚思想の基本的な考え方が出揃った『三十四箇事書』の成立を鎌倉中期の静明のころと見て、それを基準に時代設定をされている(日本思想大系『天台本覚論』 岩波書店、一九七三)。田村氏の時代設定によれぱ、天台本覚思想文献の成立年代が全体的にさがるので、日蓮の叡山遊学当時、未だ『修禅寺決』『漢光類聚』『一帖抄』などの書は成立しておらず、従ってそれらの書に説かれる思想、たとえば四重興廃思想などが見える日蓮遺文は疑わしいということになる。
> (略)しかし、『三十四箇事書』は書誌学的に見て院政期の皇覚撰として間違いないものであり、田村氏の時代設定は全体的にさげすぎである(拙稿「三十四箇事書の研究」「道心」二〇号所収、二〇〇〇)。天台本覚思想文献の成立年代があがれば、日蓮遺文に四重興廃思想や無作三身思想が見えても何ら不思議ではなく、日蓮遺文の真偽論も新たな視点から考え直す必要が出てくる。

138-139
> 三大秘法のなかでも、本門の戒壇についての詳しい説明は、『三大秘法稟承事』にしか説かれておらず、もしこの書が偽書であるならば、日蓮の本門戒壇論は名前のみあって、その内容が全くわからないことになる。日蓮が佐渡配流以後、はっきりと自身の弘通する仏法は三大秘法であると言っているにもかかわらず、その本門戒壇について弟子達に何も語らなかったということは到底考えられない。佐渡にあって、日蓮に常随給仕した日興の門流が、早くから国家諌暁による戒壇建立を悲願としていたことは、口興が日蓮から直接聞いたからであると推測され、それは『三大秘法稟承事』の内容とも一致する。


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