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つぶやきすれっど2

571川蝉:2003/03/17(月) 17:01
(続き)
三、其の滅後流行の時を明かして、
『正像二千年の間、小乗の釈尊は(主尊)迦葉阿難を脇士と為し。権大乗ならびに涅槃経法華経の迹門等の釈尊は(主尊)文殊普賢等を以て脇士と為す。此等の仏をば正像に造り書けども、未だ寿量品の仏有らず(地涌千界を以て脇士と為る)。末法に来入して始めて此の仏像を(地涌千界を脇士とする寿量品の本仏釈尊本尊)出現せしむべき(地涌の垂迹日蓮が顕彰する)か。』(昭定713頁。学会版248頁)
と略して小乗権大乗並びに迹門等の迹仏と、本門寿量品の本仏(文は且く主尊を標して脇士を略す)との正像(小・権・迹)末(本門)三時流行を明かし、続いて広く、
『正像二千年の間、四依の菩薩ならびに人師等は余仏小乗・権大乗爾前迹門の釈尊等の寺塔を建立すれども、本門の寿量品の本尊(主尊)並びに四菩薩をば(脇士)三国の王臣倶に未だ宗重せず、此の事粗ぼ之を聞くと雖も前代未聞の故に耳目を驚動し心意を迷惑す。請う重ねて之を説け、委細に之を聞かん。』(昭定713頁。学会版248頁)
と数番問答料簡して
四、最後の結示が即ち今の文、
『此時(末法)地涌千界出現本門釈尊為脇士、一閻浮提第一本尊可立此国』
と、すなわち主尊も脇士も前後一貫している。

但し第三の文略明の下には「小権迹の釈尊」には各其の脇士を挙げて「脇士と為し」とあるのに、独り「本門の釈尊」には、但、主尊のみを標して「地涌千界を脇士と為し」の語が省略されている。
然し続いて広明の下には「本門寿量品の本尊」(主尊)「ならびに四大菩薩」(脇士)と、具に主尊本仏と脇士地涌とを並べ挙げられてある。
その結示の今の文、豈に忽ちに正反対に主尊が地涌で、脇士が本仏と成るの理あらんや。況や第一の文、明らかに「釈尊の脇士上行等の四菩薩」とあるをや。
古来吾が宗先哲にも、前の第三の小権迹の主尊及び脇士の文と同じく「脇士と為して」と訓じて、而も其の主尊は興門流の言う「地涌千界」ではなくて、「中尊の妙○経に対して前の文の左右」を今文には「脇士」と遊ばしたまでで、もし「釈迦」と「地涌」と相対すれば「釈迦は主尊」「地涌は脇士」なることは前後一貫、設へ「脇士と為す」と訓ずればとて、「地涌本僧なる日蓮」が「主尊本仏本尊」となる如き、仏宝(本仏)僧宝(本僧)師(本仏)資(本僧)顛倒の義ではなく、「末法に地涌千界が日蓮として垂迹示現して、中尊の妙○経の左右(脇士)に、本門寿量品の本仏並びに本僧四菩薩を脇士と為したる一閻浮提第一の本尊を此の国に始めて造り書き顕彰(出現)せしむべきか」の意である。】(日蓮聖人遺文全集講義第十一巻・527〜529頁)
と説明している。(以上)


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