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つぶやきすれっど2
556
:
顕正居士
:2003/03/05(水) 20:27
-法華曼荼羅-
は法華経の宝塔品を描いているのだから直接に法華経に由来するといえるでしょう。
釈迦多宝並坐の像は起源が古い。
http://www.fsinet.or.jp/~kyouko-h/chinacave/unkou/unkou07/unkou07-1.htm
日本の最初の二仏並坐の像は東大寺戒壇院のご本尊です。「戒壇」は段差を設け
諸尊を勧請するゆえ "mandala" といいます。2壇に菩薩を配し、3壇に神々を配する
と法華曼荼羅になります。
http://www.chohoji.or.jp/dharma/butu2/mandara/butu-m6b.htm
諸尊にはおのおの梵字(種子・しゅうじ)があるので.法(文字)曼荼羅もあります。
http://www.chohoji.or.jp/dharma/butu2/mandara/butu-m5b.htm
日蓮は漢字で法曼荼羅をあらわした。墨、筆、硯以外には入手が困難な佐渡だから
発明したのでしょう。
*-儀軌。成就妙法蓮華經王瑜伽觀智儀軌、法華曼荼羅威儀形色法經など。
-大蘇開悟-
慧思は智邈が彼のもとに来た時、「昔し霊山でともに法華を聞いた宿縁であろう」と
述べた。智邈は薬王品の捨身供養の段を読誦した際、まのあたりに霊山を見た。
「霊山一会厳然未散」といい、漢字文明圏では常識のように流布した。法華経の次
には法華宗の第3祖、智邈の体験にもとずくといえよう。
*ボーディセーナ(婆羅門僧正)を行基菩薩がむかえた歌(拾遣和歌集)
霊山の釈迦の御前に契りてし真如朽ちせずあひ見つる哉
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