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つぶやきすれっど2
548
:
問答迷人
:2003/03/02(日) 18:03
顕正居士さん
示唆に富んだご教示、誠に有り難うございます。
>天台や日蓮の学では衆生は久遠の下種を覚知して不退の位に至るという・・・本仏の教導の歴史が救済史であって・・・信仰によって本仏と一体になることが「成仏」・・・久遠下種を覚知した者は、本仏と一体になった上では、他者の救済へ向かわねばならぬ、それが久遠の五時八教であり、未来には不軽行があり得る。
なるほど。天台大師や日蓮聖人の教えでは、成仏とは信仰によって本門(久遠)の教主釈尊と一体となる事であり、ここでは、仏種、すなわち本門の教主釈尊の久遠下種が問題にされている訳ですね。そして、本門教主釈尊との一体化を前提条件として、はじめて『法華経』に説くところの永遠の菩薩行、他者への救済、不軽行が成り立ちうる、という事で、ここでは、仏種ではなくて、仏性が問題にされている、と。
又、さらに、本門教主釈尊に一体になろうとする方向と、一体となった上で衆生に向かう方向とは、それぞれ、親鸞の説いた往相、還相の教義に類似している、と。
そうしますと、日蓮聖人の教えは、本仏との一体化を説き、曼陀羅を信仰の中心に置いた形からも、密教そのものということになると思いますが、この点は如何お考えでしょうか。ご教示賜れば幸いに存じます。
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