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つぶやきすれっど2

523問答迷人:2003/02/22(土) 23:38

脱会者さん

寺泊御書の該当個所は以下の通りですが、まだ、この段階では、釈明が完結していないように思います。やはり、開目抄の516 の前掲文に至って、釈明が尽くされたと言えるのではないでしょうか。

寺泊御書   文永八年一〇月二二日  五〇歳(大石寺版御書486頁)

 或人(あるひと)日蓮を難じて云はく、機を知らずして麁義(あらぎ)を立て難に値(あ)ふと。或人云はく勧持品の如きは深位の菩薩の義なり。安楽行品に違すと。或人云はく、我も此の義を存ずれども言はず」云云。或人云はく、唯教門計りなり、理は具(つぶさ)に我之を存ずと。卞和(べんか)は足を切られ、清丸(きよまろ)は穢丸(けがれまろ)と云ふ名を給ひて死罪に及ばんと欲す。時の人之を咲(わら)ふ。然りと雖も其の人未だ善き名を流さず。汝等が邪難も亦爾(しか)るべし。勧持品に云はく「諸の無智の人有って、悪口罵詈(あっくめり)す」等云云。日蓮此の経文に当たれり。汝等何ぞ此の経文に入らざる。「及び刀杖を加ふる者」等云云。日蓮此の経文読めり。汝等何ぞ此の経文を読まざる。「常に大衆の中に在って、我等の過(とが)を毀(そし)らんと欲す」等云云。「国王・大臣・婆羅門(ばらもん)・居士に向かって」等云云。「悪口して顰蹙(ひんじゅく)し、数々擯出(しばしばひんずい)せられん」と。数々(さくさく)とは度々(たびたび)なり。日蓮が擯出は衆度(たびたび)、流罪は二度なり。法華経は三世説法の儀式なり。過去の不軽品は今の勧持品、今の勧持品は過去の不軽品なり。今の勧持品は未来に不軽品たるべし。其の時は日蓮は即ち不軽菩薩たるべし。一部八巻・二十八品、天竺の御経は一須臾に布(し)くと承る。定めて数品有るべし。今漢土・日本の二十八品は、略の中の要なり。正宗は之を置く。流通に至って宝塔品の三箇の勅宣は、霊山(りょうぜん)・虚空の大衆に被らしむ。勧持品の二万・八万・八十万億等の大菩薩の御誓言は、日蓮が浅智に及ばず。但し「恐怖(くふ)悪世中」の経文は末法の始めを指すなり。此の「恐怖悪世中」の次下の安楽行品等に云はく「於末世」等云云。同本異訳の正法華経に云はく「然後(ねんご)末世」と。又云はく「然後来末世」と。添品法華経に云はく「恐怖悪世中」等云云。当時、当世三類の敵人之(これ)有るに、但八十万億那由他(なゆた)の諸菩薩は一人も見へたまはざるは、乾(ひ)たる潮(しお)の満たず、月の虧(か)けて満ちざるが如し。水清(す)めば月を浮かべ、木を植ゆれば鳥棲(す)む。日蓮は八十万億那由他の諸の菩薩の代官として之を申す。彼の諸の菩薩の加被(かび)を請くる者なり。


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