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つぶやきすれっど2
516
:
問答迷人
:2003/02/21(金) 11:40
脱会者さん
開目抄下 574頁(大石寺版)に以下のようにあります。
疑って云はく、念仏者と禅宗等を無間と申すは諍ふ心あり。修羅道にや堕つべかるらむ。又、法華経の安楽行品に云はく「楽って人及び経典の過を説かざれ。亦、諸余の法師を軽慢せざれ」等云云。汝、此の経文に相違するゆへに、天にすてられたるか。答へて云はく、止観に云はく「夫仏に両説あり。一には摂、二には折。安楽行に長短を称せずといふが如きは是摂の義なり、大経に刀杖を執持し、乃至首を斬れといふは、是折の義なり。与奪、途を殊にすと雖も倶に利益せしむ」等云云。弘決に云はく「夫仏に両説あり等とは、大経に刀杖を執持すとは、第三に云はく、正法を護る者は五戒を受けず、威儀を修せず。乃至下の文、仙予国王等の文、又、新医、乳を禁じて云はく、若し更に為すこと有れば、当に其の首を断つべし。是くの如き等の文、並びに是破法の人を折伏するなり。一切の経論此の二を出でず」等云云。文句に云はく「問ふ、大経は国王に親付し、弓を持ち箭を帯し、悪人を摧伏せよと明かす。此の経は豪勢を遠離し、謙下慈善せよと剛柔碩いに乖けり。云何ぞ異ならざらん。答ふ、大経は偏に折伏を論ずれども、一子地に住す。何ぞ曾て摂受無からん。此の経は偏に摂受を明かせども、頭破七分といふ。折伏無きに非ず。各一端を挙げて時に適ふのみ」等云云。涅槃経の疏に云はく「出家・在家、法を護らんには、其の元心の所為を取り、事を棄て理を存して、匡しく大経を弘む、故に護持正法と言ふは小節に拘らず、故に不修威儀と言ふなり。○昔の時は平らかにして法弘まる。応に倶に戒を持つべし、杖を持つこと勿れ。今の時は嶮にして法翳る。応に杖を持つべし、戒を持つこと勿れ。今昔倶に嶮なれば応に倶に杖を持つべし。今昔倶に平らかなれば応に戒を持つべし。取捨宜しきを得て一向にすべからず」等云云。汝が不審をば、世間の学者、多分道理とをもう。いかに諌暁すれども、日蓮が弟子等も此のをもひすてず。一闡提人のごとくなるゆへに、先づ天台・妙楽等の釈をいだして、かれが邪難をふせぐ。夫、摂受・折伏と申す法門は、水火のごとし。火は水をいとう、水は火をにくむ。摂受の者は折伏をわらう、折伏の者は摂受をかなしむ。無智・悪人の国土に充満の時は摂受を前とす、安楽行品のごとし。邪智・謗法の者の多き時は折伏を前とす、常不軽品のごとし。譬へば、熱き時に寒水を用ひ、寒き時に火をこのむがごとし。草木は日輪の眷属、寒月に苦をう、諸水は月輪の所従、熱時に本性を失ふ。末法に摂受・折伏あるべし。所謂、悪国・破法の両国あるべきゆへなり。日本国の当世は悪国か、破法の国かとしるべし。
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