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つぶやきすれっど2
499
:
犀角独歩
:2003/02/14(金) 11:23
Leoさん:
> 一部の仏教界でも「民は由らしむ可し、知らしむ可からず」
なかなか適切な言葉を引用されますね。
まさにこのとおりです。しかし、「一部の仏教界」ではないでしょう。全仏教界、殊に学会を含む石山系の際だった特徴でしょう。
昨日、こちらにも投稿されるとある御仁から、非常に興味深い情報が寄せられました。
たぶん、今後、富士門流教学研究の中心となるであろう拠点で、日蓮真跡遺文の研究会が向こう10年近くの予定で始められるということでした。
もう一つ。学会でも四半世紀前から注目してきた人物が、近く梵本直訳の法華経の出版に着手するとのことでした。これもまた、上述と同様の拠点からであるといいます。
上記、二つの出来事は今後の「日蓮」動向を大きく変えていくものとなることでしょう。その成果がようやくと実を結ぶのはいつのことか、また四半世紀もあとのことになるかも知れません。しかし、確かにいま大きく変わりつつあります。
漫画を読んでいた子どもも長じては文を読むようになります。
生命論は漫画としては面白かったのですが、SFコミックを超えるものではありませんでした。漫画を捨てて良書を読むことで日蓮の実像は知られることになるのでしょう。
私も学会から出た一人として、漫画を捨て書を読む、日々を送りました。それは漢字だらけの書物でした。しかし、その守文はさらに心を頑なにしました。
冷静になって仏教学会に眼を向ければ、仏徒は原典を追っていたのです。僅か100年前からの出来事です。そこで気付かれたのは、2000年前の神話時代の原典は、さらにその500年前のものより神話的であるという事実でした。
どの方向に自分が歩むことが賢明か、どうかその道を過たず、お進みください。
違う道から歩み出しても、その道の到着点が同じであれば、いつかまた、お会いすることになるでしょう。何年先か、あるいは何十年先か、涅槃の先かわかりせんが、再会を楽しみにしております。
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