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つぶやきすれっど2

497Leo:2003/02/14(金) 02:00
だいぶスレッドが進んでしまいましたが...

独歩さん曰く:
>学会を含む石山系心というのは奇妙であると思う。漢文を難しいという。教学といいながら、漢文原典をオミットするからだ。

>漢文の意味がわからなくても有り難がって支配され、言われたとおり行動する烏合の衆であるほうが都合が好いからだ。
>意味のわからない漢文を日々唱え、有り難がっている人々が、漢文原典に振り向きもせずに、自信満々でいられるのは、
>そんな支配者の罠に易々とはまり続けているからに他ならない。何故ならば、原典から理解されて、いちばん困るのは
>常に集団とその指導者であるからだ。

「支配者」が成立している背景には「被支配者」側の志向も問題となるのではないでしょうか。
考えずに信等に邁進する方が確かに楽ではあるのでしょう。
かつて民衆が王や皇帝をありがたがっていた時代は民衆はその支配に甘んじていた。

一部の仏教界でも「民は由らしむ可し、知らしむ可からず」(衆愚政治、あるいは民衆に法律や方針を強制
することは可能だが、その背景や理由を理解させることはきわめて難しい。いっそのこと支配者の意図を
説明することは省いて従わせるほうが手っ取り早い)なのだろうか。

無徳さん曰く:
>菅野氏がレグルス文庫の『一念三千とは何か』の中で書いていますと申し上げたまでです。
私は以前一念三千を口にしましたが、この本を読んだくらいで原典を読んでいませんでした。

独歩さんがこのように言われているので複雑な気持ちですが、
独歩さん曰く:
>漢訳仏典教学は終焉を迎えた。これは間違いのない事実である。
私は原典を読む気になりました。


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