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つぶやきすれっど2

476みかん</b><font color=#FF0000>(z8VoUpnM)</font><b>:2003/02/12(水) 18:47
わたしはあれに神の恩寵なんてあまっちょろいものは見ません。あれは絶対的な絶望に立った人から発せられるぎりぎりの言葉です。

さて、五月雨さんの「シャキャムニの教えも生老病死の四苦を越えられるものだろうか。どうも、そうではないらしい。」
というご発言を批判されていますが、これは半分正しいんですよ。

「シャキャムニの教えも生老病死を越えられるものだろうか。どうも、そうではないらしい。」
なら100%正しいんです。

覚ったって、生老病死は消えません。一の矢は受けます。

覚った人が、覚ってない人と違うのは、生老病死を苦しみと感じないこと、いたみを苦しみと感じないことです。そういう意味づけを手放すからです。
そして、様々なトラブルに出会ったとき(一の矢)、それに正しく対処できるので、トラブルをこじらせてさらなるトラブル、さらなる苦しみ(二の矢)を受けないんです。

それが「如来は二の矢を受けない」という言葉の意味です。


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