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つぶやきすれっど2
421
:
犀角独歩
:2003/01/21(火) 21:00
416のちょっと、補足です。
『法華取要抄』の引用がありましたが、その少し前を
広略を捨てヽ要を取るや。答へて曰く、玄奘三蔵は略を捨てヽ広を好む、四十巻の大品経を六百巻と成す。羅什三蔵は広を捨てヽ略を好む、千巻の大論を百巻と成せり。日蓮は広略を捨てヽ肝要を好む、所謂上行菩薩所伝の妙法蓮華経の五字なり
つまり、
広・玄奘・四十巻の大品経を六百巻
略・羅什・千巻の大論を百巻
要・日蓮・上行菩薩所伝の妙法蓮華経
しかし、これは本尊について論じるところではありません。なぜならば、この『法華取要抄』に「本門の本尊と戒壇と題目の五字となり…本門の三つの法門之を建立」の明文が見られます。この三つの法門については、より具体的に、『報恩抄』に
「三つあり…一つには日本乃至一閻浮提一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし。所謂宝塔の内の釈迦・多宝、外の諸仏並びに上行等の四菩薩脇士となるべし。二つには本門の戒壇。三つには日本乃至漢土月氏一閻浮提に人ごとに有智無知をきらはず一同に他事をすてヽ南無妙法蓮華経と唱ふべし」
とあり、「本門の教主釈尊を本尊」は日蓮の取り定めるところです。殊、本尊に限って言えば、この明文ははずせません。『法華取要抄』の述作は文永11年(1274)5月24日53歳、『報恩抄』は建治2年(1276)7月21日55歳です。
少なくともこの時期に日蓮は本尊・教主釈尊、題目・妙法蓮華経を分別して論じるのであって、引用されるところの(肝)要は、この題目を論じたと以外は読めません。
ですから、「三十一相を省略して、肝要である梵音声を御本尊様の文字として顕す」という想像は残念ながら、日蓮の真跡が指示しないことになります。
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