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つぶやきすれっど2

412犀角独歩:2003/01/21(火) 18:16

さて、もう少しだけ『御伝土代』を。

「仏滅後二千二百三十余年が間、一閻浮提の内、未曾有の大曼荼羅なりと図し給ふ御本尊に背く意は罪を無間に開く云云、何そ三身即一の有縁の釈尊を閣きて強て一体修三の無常の仏陀を執らんや」

ここに「三身即一の有縁の釈尊」と明確に釈尊の名前が見られます。411に挙がった本仏です。
ここを『日蓮正宗要義』で見ると、

「釈尊が表現として三大秘法抄の人本尊を受けるもので、大曼荼羅能弘能顕の仏、日蓮大聖人を指されている。文によってのみ義を判ぜず、義をもって文を見なければならない。日興上人日目上人日道上人と相伝して御影を仏と拝し、大曼荼羅即日蓮大聖人と拝する信条の本義の上から文を見極めることが大切であろう」(同251頁)

これまた曲解の限りを尽くしています。

そもそも、この文は前文の「法華本門の釈迦は上行等の四菩薩を脇士となす」を受けるのであって、もし、この「釈尊…日蓮大聖人」と読み替えてしまえば、「法華本門の日蓮は日蓮等の四菩薩を脇士となす」となってしまい、まるで意味をなさなくなります。
それに「日興上人日目上人日道上人と相伝」した血脈付法の“法主”の言を本義の上から読み替える必要が、どこにあるのでしょうか。この本の著述は宗務院であって、歴代ではい。つまり、付法にあらざるものが付法の言を読み替えろと言っているのに等しいことになります。
いったい、道師とは如何なる人物であるというのでしょうか。末の不付僧が読み替えなければならない文章を書いたとは、よくぞ言ったものだと、ここでも呆れものです。

なお、この著述のなかで「御影を仏と拝」すると明言されています。石山僧俗の中には御影を仏像と拝することに異議を唱える人がいますが、少なくとも、ここでの記述ではこのようになっている点は記憶されるべきでしょう。

もう一点。「仏滅後二千二百三十余年が間、一閻浮提の内、未曾有の大曼荼羅なりと図し給ふ御本尊に背く意は罪を無間に開く」と、道師もまた「二千二百三十余年」であることを記しています。しかしながら、戒壇之漫荼羅は「二千二百二十余年」です。
たしか石山では目師から道師が戒壇之漫荼羅を別付されたとするのですから、道師はなんと、その戒壇之漫荼羅を無視して、他の「二千二百三十余年」と記された漫荼羅を取り沙汰していることになるわけです。

文を「必要ない」と切り捨てたり、「読み替え」たりしなければ、辻褄が合わない教義であると道師を物笑いにしているのが、この『日蓮正宗要義』の該当の記述と見えます。


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