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つぶやきすれっど2

356アネモネ:2003/01/18(土) 15:34
(つづき)

>平たく言えば日蓮本仏なる言を基本にして宗教勧誘されたんでしょ?今と過去とは違うと言われるかもしれませんがね。過去の「無責任」な言動をもちいた宗教勧誘を自らの目が開いたからといって過去の問題を案外とさらりと流してませんか?それとも折伏した人たちに対して「俺は無責任なことをした」などとと謝罪してまわったとでも?

謝罪をして回ることはひとつの方法でしょう。しかし、謝罪をしてまわっても、過去の無責任な発言が撤回され責任がとれるというものではないでしょう。大袈裟でもなんでもなく、人の人生を変えてしまっていることだってあるわけですから、ここで組織を離れる決断をした人の内心としては、取り返しのつかないことをしてきたと苦しい思いを抱えているのです。そのくらい、自己を追求しているわけです。自分に対して厳しさを課しているというわけです。それが同時に社会への責任にも通じるものでもあるわけです。

いったん発した過去の言葉の完全な責任をとることは、残念ながら出来ません。だから、言葉には慎重ですし、このことにまさに気づいたところで、今できることは何かといえば、たとえ掲示板の投稿といえども、自分の言葉に責任をもっていく姿勢を崩さないということが先行されるわけです。
それが、宗教を語るものの姿勢として求められること。当然のことではないでしょうか。
あまりにもそのことに対して、みんなが無神経であったということに気づいてほしいものです。

そのような観点から今回の議論において、自分の言葉に責任を持って投稿なさっている独歩さんと、まったく責任を持っていないところで投稿をしている今里さんのとでは、宗教に対する誠実さははっきり目に見えていたと私は思います。
多くのカルト性の強い教団は、世の中を救うと称しながら、実は証明できないことを最もらしい言葉で信じ込ませ、世の中の人々を惑わしているのが現状なのではないでしょうか。
証明できないことにも真理はあるという。しかし、単純に真理でない確立のほうが遥かに高いはずです。にも関わらず、そちらに対する意識はまるで抜けおちているわけです。
さらにそこには、証明できないけれども、信じる者は救われ、信じない者は地獄行きと、二極論で強迫し脅していくのが常套手段なわけです。
今里さんは、そういう手法のカルト性や危険性に無神経なわけですね。なぜ無神経でいられるのかというと、自分が無責任であることに甘んじているからではないでしょうか。人々を救うはずの宗教が、実は救いを求める人々を惑わし不幸に導いている現実的側面があることに目が向いていない。現証というなら、そのことこそ現証ではないかと言いたいくらいです。
しかも、宗教が原因で不幸になった人に対してすら、信心が足りないからとか、過去世の業だとか、またまた証明できないことでもってさらに苦しめているのも事実です。全て言葉に対して無責任だから、発せられる無神経な言葉なのです。

みかんさんが、痛快なレスをなさっていました。まさに宗教を語る者は、文献に対する研鑚と自己への追及、そして社会への洞察を怠ってはならないと思います。そんなこともせず、それどころかそのような自分の姿勢に開き直るばかりか、真摯な姿勢で臨んでいる人を簡単に見下しながら、自分の言動には責任を全く回避するような人の言葉こそ、私は信用できないと判断し、そしてそのような人の言葉こそ世間を惑わすものではないかと公然と批判します。


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