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つぶやきすれっど2
349
:
犀角独歩
:2003/01/18(土) 12:20
既に問答名人さんが総括をされたので、私は敢えて、この既述については屋上屋を重ねることはしないことにします。
みかんさんが記されたことは、特定個人における批判などという狭隘さとは格段の階梯をなすのであって、日蓮仏教を、否、通じて仏教を志す人々の道標とたり得る重要なものであると思います。
私が“証明”について拘るのは「カルトは証明できない教義によって成り立っている」からです。ハッサン氏は以下のように言っています。
「カルトのいちばん効果的な教義とは、エリック・ホファーの言葉を使うなら『証明も評価もできない』教義である。それは非常に複雑なため、解くのに何年もの努力が必要だということになっている…
教義は受け入れるべきものであって理解すべきものではない(という)。それゆえ、教義は、漠然としていて包括的で、しかもじゅうぶんに調和がとれて一貫しているように見えなければいけない。その威力は、これこそ万物を包摂する唯一の真理なのだと断言するところからくる」
また、さらに言えば証明できない“確信”とは如何なるものであるのかという問題もあるでしょう。よく上げますが、ヤスパースの妄想の定義 (1)間違った考え (2)強い確信 (3)訂正不能 という指標に就き、その考えが間違ったものであるかどうかを判定するのは証明にかかっています。
証明を重要視する必要性はここにあります。罠を仕掛けた本人が言う、証明を迫ることが罠であるなどと言う類とは次元を異にしています。
また、日蓮に限定してみれば、日蓮もまた、それまでの系譜に従い、この文献的に証明に非常に熱心な人でした。その点はまた寛師もそうであったでしょう。ただし後者は、その教義体系の基礎に相伝・口伝を採り入れた点で、日蓮とは趣を変えていると私は思っています。しかし、たぶん、寛師には現代における祖書学その他の科学的な手法とは無縁であったろうし、そもそも精師の説法を聞いてこの道に入ったという人物でもあり、さらに天台檀林能化という地位からも相伝の文献的成否を問う位置にはいなかったのでしょう。さして、彼ができたことは中古天台・恵心流口伝を批判し、けれど、そのモチーフに則って新たな体系を虚構することであったのでしょう。
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