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つぶやきすれっど2

318sat:2003/01/15(水) 15:55
>>300 無徳さん(続き)

>日蓮仏法は僧侶の為や創価学会という組織の為にあるのではないことは明瞭です。

これも仰るとおりだと思います。全く異論はありません。その上に立って、「学会は池田教に堕した」という巷の通説批判は果たして正鵠を得ているのでしょうか。私は現在、池田名誉会長に絶対権限が一極集中しているとは必ずしも思えないのです。むしろ、独裁化から官僚化へ、ベクトルは既に転換済みと見たほうが宜しいのではないでしょうか。

学会が方面制へと組織を移行強化して、今に至っている事は、無徳さんもよくご存知の事であろうと思われます。方面制への移行により管理システムは高度に完結され、本部職員や方面長を始めとする支配の複層化が進展し、権力の分散的存在というセクショナリズムが存在しています。都市から農村へ、そして農村から都市へという路線が昭和50年代以降の戦略でもありました。セクショナリズムは中央集権化の必須条件であり、その欠くことのできない補正手段として機能しうる・・つまり本部職員や方面長によって分散された権力構造とか、セクショナリズムは、自主性や創意性や個性を圧殺するものではなく、ガス抜きとして機能し、更には構成員によって一致して承認された枠内で行われる限り、必要機能として積極的に作用しているというのが実態ではないでしょうか。

これからの生き残りを考えれば、大衆が何を求めているか、オールラウンドにそのニーズを拾っていかなければならず、独裁化から官僚化への移行、そして市場原理化へのシフトに向けたソフトランディングしか方法はないと感じます。それが事実上の解体なのかもしれませんし、歴史の審判を待つということなのかもしれません。

>総本山側も創価学会も、どこに軸足を置いて信仰というものを立てようとしているのかが本当に解っているとは思えません。

創価学会が存在しなければ、大石寺も静かな風情で代々法華講の方を中心として信仰を維持継続していたかもしれませんね。

>我々はあくまで自らの足で立ってネット社会と言う利点をフルに活用して、現代的サンガを形成し我々の手に日蓮仏法を取り戻すべきではないかと考えますが如何なものでしょう。

サンガと言えば、タイあたりで黄色の衣をまとった人たちが集まっている姿みたいなものを想像してしまうような未熟な私ですから、サンガそのものの意味を本質的にはわかっていないのかもしれません。しかし、所属組織を代表するがごとき妄想的かつ感情的な主張をもってバトルを繰り広げ、勝った負けたみたいなものに一喜一憂する掲示板が多い中、今一度見つめなおしてみようといった本掲示板のようなものが出現していること自体、現代的サンガの萌芽かもしれませんね。
ネットのもつ匿名性は、節度さえあれば自由に発言はできますし、自分にとって意味を為さないと思えば去ればいいのですし、意味があると思えばオフ会等に出席して実際にお会いしてみることも可能なのですから、組織論理に拘束されない、場に拘束されないという点では有効に働くかと思います。


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