[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
1101-
1201-
1301-
1401-
1501-
1601-
1701-
1801-
1901-
2001-
2101-
2201-
2301-
2401-
2501-
2601-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
つぶやきすれっど2
317
:
sat
:2003/01/15(水) 15:54
>>300
無徳さん
>内部からの、まことに冷静かつ客観的な分析に・・
過分なお言葉頂戴していますが、創価学会の立場を代弁して書いているわけでなく、あくまで私個人が感じることを書いているまでです。正しいかどうかわかりません。独歩さんや無徳さんを始めとして本掲示板に書き込まれる方から多くの事を教えて頂いている・・そして学ばせて頂いている一人の創価学会員であるというだけに過ぎません。その点ご理解賜ればと思います。
>私は池田大作氏や創価学会の幹部連中には創価学会としての歴史的総括をなすべきではないかと訴えたいと思います。
仰るとおりだと思います。学会は過去幾度となく対外的に問題が発生しそうになると、事実を封印し葬ろうとしてきました。今も、体質が変っているとは思えません。池田名誉会長のスピーチや書籍は、過去の出来事を修正し、理想化するための作業だったのでしょうし、三代会長を永遠の指導者と会則改変したことから見ましても、残念ですが過去の路線をドラスティックに総括するということは当面考えにくいものと思われます。
組織の諸矛盾とか信仰のあり方に懐疑を持った人々・・信仰自体は間違っていないはずだとする人々は・・その後脱会して様々な人生の軌跡を描いておられるかと思います。逆に今も学会に所属する人々の中にも、ご指摘の問題を総括し「負の遺産」を背負うことが自身のクライシスにつながることを動物的嗅覚として知っている人も数多く存在します。言い換えれば「それを望まない」とういうことと、歴史的総括を為さないという事は、表裏一体なのだと思います。日本人的感情の側面と言うのでしょうか・・宗創戦争の意味づけとして、負の遺産を全て宗門に帰そうとする方向に向かったことは当然の帰結だったような気がします。
「現世超越」モデルの持つ強烈な思想性は、「事実」の面でいくら「誤謬」を指摘されたところで容易に崩れるものではないという側面があるかと思います。「事実」などは無限にあるため、指摘しうる「事実」はたえず部分的であるほかないのに対し、思想性が描き出すのは先験的に「全体」像であるという主張がまかり通ってしまうのが実情ではないでしょうか。
学会幹部のスピーチが、次第に空疎な言葉で埋められていき、やがて論理性の無い学会の肯定演説に行き着くという日常風景になって久しいですが・・異分子をはじき、より純粋性に向かって組織が形成されていくと、かたやそれがボディーブローとなって崩壊の道を早めることは充分に予想されることです。後はしなやかに変身していくしか学会には残された道はないと存じます。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板